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山口線紀行(その1):雨の小京都・津和野

秋の花野

 秋と言っても日中はそこそこ暑くなりますね。朝夕は結構冷えるので、一日の温度差が大きくて、体調を崩しやすい時季とも言えます。長くて暑かった夏のせいで、身体が夏仕様のままという人も多いことでしょう。トニックシャンプーやシーブリーズのボディーソープをいつ片付けたものか。

マリンライナー

 本日は「どっきん四国」で、先日旅した津和野と山口についてです。「どっきん四国」と言いつつ、ちょいちょい四国以外の場所を紹介していますが、四国発の旅で、マリンライナーを利用して瀬戸大橋を渡っているのでご了承下さい。なぜなら瀬戸大橋線の開業のキャッチコピーが「どっきん四国」だったので。

山口線

 今回は山口線の旅です。岡山から新山口までは恒例の新幹線で、新山口から山口線に乗り換え。山口線は新山口から島根の益田を結んでいます。鉄道路線には、高徳線や伯備線など始点と終点の両方の名前を使ったものと、高崎線とか福知山線といった片方だけの名前を使ったものがありますが、命名基準ってどうなってるんでしょうかね。始点と終点の街の規模がほぼ対等なら両方の名前を使って、違いすぎると片方だけなのか。

スーパーおき

 乗車したのはスーパーおき。特急だけど2両編成。鬼の哭く街・A立区には東武大師線という2両編成の電車が走っていましたが、まさか特急電車が2両編成とは。山陰本線を経て鳥取・米子に至る結構長距離を走る特急なのに。2両編成でなにがスーパーやねんと思ったら、従来特急おきと呼称していたものが、2001年に新型振り子式車両を投入したことで「スーパー」を冠したのだそうです。

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 訪れたのは「山陰の小京都」と言われる津和野。「小京都」と呼ばれる街は全国各地にありますが、代表格とされるのが津和野だそうです。亀井氏が治める津和野藩4万3千石の城下町で、津和野川沿いの小さな盆地に伝統的な建物が残っています。

亀井茲矩

 初代藩主は亀井政矩ですが、そのパパンの亀井茲矩は豊臣秀吉に仕え、出雲半国を約束されていましたが、毛利氏と講話したことで反古となってしまい、秀吉が代わりの希望を聞いたところ「琉球国を賜りたい」と答えたため、秀吉は「亀井琉球守殿」と書いた扇を茲矩に授けたという逸話があります。律令制にない官職名がユニークで、一度は琉球征伐も認めれらたそうですが、それも島津氏が行うこととなり、代わって台州守を称したとか。台州とは中国本土の台州市(浙江省)のことで、台州守なんてもちろん律令制にあるわけもありませんが、やたら東アジアへの関心が高かった人だったのでしょうか。

森鴎外旧宅

 小さい街ですが、文豪森鴎外や西洋哲学者西周らを輩出しており、歴史と伝統を感じさせます。そういえば某大学を受験した時、現国の出題が森鴎外の遺書からだったのですが、鴎外の本名が林太郎ということを失念していて、“石見の森林太郎として死にたい”云々という文面を見て、森・林太郎ではなく森林・太郎と呼んでなんだその名前は、ターザンかお前はとかツッコんだ記憶が。ええ、もちろん落ちましたともさ。

津和野町養老館

 森鴎外、西周らが学んだ津和野藩の藩校が養老館。武術教場と書庫が現存しており、島根県の指定史跡になっています。5万石もない小藩なのに大した物だと思いますが、藩政改革のための有能な人材を育成する目的などで、最盛期はほぼ全藩に設立されていたそうです。しかし学校とは似つかわしくない名前のような。

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 津和野では目当ての一つは津和野城跡だったのですが、なにしろ雨で、リフトに乗るのも徒歩で登るのも難渋しそうだったので断念。もう一つの目当ての太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)に向かいました。日本三大稲荷とか五大稲荷とかの一角とされます。島根県では出雲大社に次ぐ年間参拝客を数えるそうです。

太皷谷

 歴史はそんなに古くはなく、1773年に京都の伏見稲荷大社から勧請して津和野城の鬼門に当たる太皷谷の峰に創建されました。江戸時代は藩主以外の参拝は禁止されていましたが、明治以降は庶民も参拝できるようになりました。

伏見大社の千本鳥居

 だいたい「日本三大○○」とされるものは、三番目は諸説あるという場合が多いのですが、日本三大稲荷もそれで、総本宮である伏見稲荷大社は当然として、次は曹洞宗の寺院ですが愛知県の豊川稲荷が挙げられるケースが多く、三番目は諸説あるという状況ながら茨城県の笠間稲荷や佐賀県の祐徳稲荷が含まれるケースが多いとか。

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 太皷谷稲成神社自身は五大稲荷の一角と称しているようです。江戸期には時刻を知らせる太鼓が鳴り響いた谷間であったことから太鼓谷と呼ばれたそうで、「稲荷」ではなく「稲成」と表記するのは、願い事が叶うようにとの思いからとされるそうです。

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 表参道は263段の石段で、鳥居が約1000本建てられています。千本鳥居というと本家である伏見稲荷を連想しますが、あそこまで幻想的ではないものの、坂道に連なる鳥居はなかなか壮観ですね。

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 表参道の神門。1972年建立ということで築50年程度の新しいものです。入り口は三つありますが、中央は閉じているので左右の門から入ります。中央は新年、祭事のみ使用されるそうです。

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 拝殿・本殿。1969年建立。注連縄がかなり太いです。油揚げを供える習わしがあるそうで、さすがお稲荷さんだ。「それは私のおいなりさんだ」は神罰が当たりそうなので止めましょう(笑)。

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 元宮。拝殿・本殿が建立される前の社殿です。古いだけあってこちらの方が霊験あらたかな雰囲気があるように思えます。

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 境内から見た津和野市街。手前は駐車場で、来るまでここまで来るとあっという間に本殿に来られますが、やはり徒歩で表参道を登った方が霊験あらたかなような。もっとも、私は見物のみで参拝はしないのですが。

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 津和野駅前に展示されているD51形蒸気機関車。愛称は「デゴイチ」。日本で最も多く製造された機関車です。動態保存されているD51は新山口-津和野間で「SLやまぐち号」として走っていますが、これは残念ながら静態保存。

益田グリーンホテルモーリス

 実は津和野に泊まりたかったのですが、あんまりちゃんとしたホテルが見当たらなかったので、その山口線終着駅の益田まで行って、駅前にある「益田グリーンホテルモーリス」に泊まりました。グリーンホテルモーリスは中国地方を中心に展開しているホテルチェーンで、私の好きなドーミーインに匹敵するサービスと、ドーミーインより廉価な宿泊費が魅力です。

キヌヤ益田

 キヌヤ益田ショッピングセンターで酒と惣菜を買って、部屋で一人宴会(通称「カイジ豪遊ごっこ」)。そろそろ豪遊ごっこにも飽きてきましたね。というか、なんか妙に酒に弱くなったような。普段飲まないようにしているせいでしょうか。ストロング系は避けるようになっているのですが、さらに微アルコール路線に進んだ方がいいのでしょうか。

熊本紀行:熊本城と水前寺公園

来週の予報

 夏将軍大暴れで本格的に暑くなってきました。電気料金は心配ですが、冷房を入れない訳にもいきません。休みの日の午前中は扇風機だけで突っ張ってきたのですが…来週の高松はずっと最高気温35度、最低気温26度以上という予報。

オイオイオイ

 来週は死なないように朝から冷房スイッチオンかも知れません。帝愛グループの利根川によると1000万円ぐらいになると金は命より重いのだそうですが、さすがに1,2万円程度と命は引き換えに出来ません。下手に突っ張ってると上記画像のように言われそう。

熊本県

 本日は先日行った熊本旅行についてです。熊本は初めてではないのですが、以前訪れた際は天草の島に泊まったので、県庁所在地にも泊まっておこうかと。47都道府県を全て制覇(一泊したというだけですが)後は、全県庁所在地に泊まるというのもありかも知れません。全ドーミーイン制覇とか。直行便がないので北海道には行きづらい四国ですが、地の利のせいで西日本には行きやすいです。

九州新幹線

 例によってマリンライナーで岡山に出て、九州新幹線に乗ってダイレクトに熊本駅へ。4時間足らずで到着。やはり東京から行くより遙かに近いですね。多くの人は空路を選択するでしょうけど、私は陸路派。というか鉄道派なもので。

熊本駅

 熊本駅東口は、熊本城の石垣「武者返し」をイメージしたデザイン。前回訪問時は熊本地震により熊本城が大被害を被っており、訪れることができなかったのです。

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 熊本城に特別縁があるわけではないのですが、昔「高機動幻想ガンパレード・マーチ」という熊本を舞台としたゲームをプレイしたのが印象に残っていて。1945年に突如出現した黒い月から襲来した人類の天敵・幻獣。第二次世界大戦を一気に終結させ、全人類は共同戦線を張り、核兵器すら投入して戦いましたが、50年後には人類はユーラシア大陸から駆逐され、幻獣はついに九州にも上陸を開始…という展開で、正規軍を再編成するための時間稼ぎで強制招集された学徒兵として幻獣と戦うことになります。私が超えることが出来なかった熊本城攻防戦の難易度の高さよ。それ以前に恋愛のもつれで刺されたりしてましたが。バグも多数ありましたが、革新的な内容で、2001年には星雲賞(メディア部門)を受賞しています。ゲームが受賞したのは現時点で空前絶後。

市電の系統
熊本の市電

 熊本市内には2系統の市電が健在で、熊本駅前からだとA系統を利用することになります。辛島町から健軍町まではどちらに乗っても同じ。車両は新旧入り乱れていて、連接車もあります。交通系ICカードが使えて便利です。料金は170円均一。

ドーミーイン熊本

 お宿は辛島町にある「天然温泉 六花の湯 ドーミーイン熊本」。ドーミーインは必ず“○○の湯”というニックネームが付きます。例えば高松なら「さぬきの湯」(トーミーイン高松)とか「玉藻の湯」(ドーミーイン高松中央公園前)。しかしなぜ高松には2つもドーミーインがあるんでしょうか。

肥後六花

 では「六花」とはなんぞといえば「肥後六花」のことで、江戸時代から明治時代にかけて熊本藩士やその後裔が育成してきた肥後椿、肥後芍薬、肥後花菖蒲、肥後朝顔、肥後菊、肥後山茶花の総称なのだそうです。そういえば「六花の勇者」ってアニメがあったけど、2期はないのでしょうか…

サクラマチクマモト

 ホテルすぐそばのショッピングモール「サクラマチクマモト」地下のスーパーで酒と惣菜を買って、恒例「カイジ豪遊ごっこ」。初めて入るスーパーってワクワクしますね。それにしてもさすが熊本市中心部だけあって大都会という感じ。鄙びた高松から来ると目がくらみます。岡山市とタメを張る感じでしょうか。

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 翌日は熊本城へ。サクラマチクマモトの脇を通って北に向かうと加藤清正の銅像。床几に座って軍勢に采配を振るっているという感じでしょうか。トレードマークの長烏帽子形の兜を被っています。実は背が低かったので大きく見せるために使っていたとの説もあるとか。

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 戌亥櫓。木造2重3階の隅櫓で、城の戌亥(北西)の方向に位置することからこの名が付いたとか。

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 宇土櫓。地震被害のせいか、くたびれた感じもしますが、他の城なら天守でもおかしくない規模の3重5階地下1階の五階櫓。かつては場内に6基もの五階櫓があったそうですが、現存するのはこれだけ。「三の天守」とも呼ばれます。

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 東側から見た熊本城天守。連結式望楼型で、大天守は3重6階地下1階で「一の天守」。小天守は3重4階地下1階で「二の天守」。

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 入り口のある西側から見た天守。左側の出入り口は出口専用で、入り口は右側の傾斜路の先。ちょうど大天守と小天守の間になります。内部は歴史博物館となっています。まだまだ被害の完全復旧には時間がかかりそうですが、天守は優先して修復した模様。やはりシンボルですからね。

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 南側から見た天守。右側の建物は本丸御殿です。本丸御殿全体が石垣の上に乗った構造になっているのは他に例を見ないとか。2008年に復元されました。なお、本丸御殿といえば本来藩主やその一族の居住場所ですが、熊本城では当初から城外東側に造営した花畑屋敷が使用されていました。なぜ作ったし。

数寄屋

 まだまだ復旧途上であるという例。数寄屋丸丸五階櫓跡。石垣が壊れていますが、建物が浮いています。

花畑広場

 藩主が住んだ花畑屋敷は今や花畑町となっています。ここにある花畑公園と、辛島公園、そして「くまもと街なか広場」を併せて花畑広場と呼ばれています。花畑町駅から市電に乗って熊本城南東部にある水前寺公園に向かいます。

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 正式名称は水前寺成趣園。阿蘇の伏流水が湧出する池を中心にした桃山式回遊庭園で、築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次の景勝を模したといわれています。面積約7万3000平方メートル。我が高松が誇る栗林公園の半分以下の面積ざますね(いやいや、張り合うな張り合うな)。

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 公園入り口。鳥居は園内にある出水(いずみ)神社のもので、歴代藩主を祀っています。

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 こちら出水神社拝殿。明治になって創建された神社なので、公園に比べるとかなり新しいです。細川氏歴代藩主らを祀っていて、加藤清正については熊本城内に別途加藤神社があります。

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 出水神社の境内社になる稲荷神社。「それは私のおいなりさんだ」と言ったとか言わないとか(言ってません)。この鳥居の列が京都の伏見稲荷の千本鳥居を連想させるなあと思ったら、実際伏見稲荷から勧請したのだとか。あそこは稲荷神社の総本宮ですからね。

白鷺

 阿蘇の伏流水による湧水池にいた白鷺。光学ズームを搭載したXperia1Ⅳのカメラで最大倍率で撮影してみました。

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 能楽殿。毎年8月第1土曜日の夕刻より薪御能が催されるそうです。もうすぐですね。

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 園内南側から撮影。さっきの白鷺が小さく映っています。おわかりいただけるだろうか…(心霊写真じゃないけど)

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 古今伝授の間付近からの撮影。ここからの風景が最も優れているとか。中央の小山が富士山を模しています。それにしても暑かったなあ。さすが火の国・熊本。今頃は更に暑くなっているんでしょうね。

足摺岬と四万十川:結構遠いぞ四国最南端

GW終わる

 GWもあっという間に過ぎ去り、来週からは日常が戻ってきますね。しがないリーマンとしてはボーナスとか夏休みに希望を乗せて耐えていかなければなりませんが、休むとなぜか金も飛ぶように消えていくので、働いている方がお金の節約になっているような気がしないでもありません。

高知県地図

 有意義なGWとはどんなものか?それはもう人それぞれなんですが、個人的には旅に出るとなんとなく有意義で、ずっと家に閉じこもっていると無駄づかいしたという気がしてしまいます。だからと言ってGW中ずっと旅を続けることも出来ませんが。旅はいつ出かけてもいいものなんですが、昨年はなぜか九州方面を攻めた感じがあったので、四国在住の身としてはもっと四国を旅しなければならないように思って、今回は高知の足摺岬に行ってきました。

特急南風

 高知は、高知市のみ宿泊経験がありますが、足摺岬は高知市から遙か西の土佐清水市の東南端にあります。香川県が小さい(フフフ…奴は47都道府県の中でも最少…)せいもありますが、高知県は東西に大きいですね。まず高松駅からは「特急しまんと」に乗って高知駅へ宇多津で岡山から来る「特急南風」と連結します。「しまんと」という名前なのだから一気に四万十市のある中村駅まで行って欲しいところですが、コロナ禍のせいか高知駅止まり。

特急あしずり

 高知駅で第三セクターの土佐くろしお鉄道の「特急あしずり」に乗り換えます。これもそういう名前なら一気に足摺岬まで行って欲しいのですが、残念ながら岬に鉄路はありません。四万十市中心部の中村駅までです。

高知西南交通のバス

 「しまんと」が2時間強。「あしずり」が2時間弱で併せておよそ4時間。ここから高知西南交通のバスに乗って足摺岬に向かいますが、距離はさほどでもないのに乗車時間はおよそ2時間(1900円)。なんでそんなに掛かるのかと思いましたが、行ってみて判りました。岬西部のとにかく細くてぐねぐね曲がりくねった道を通るのです。対向車も来るし。もうちょっと良い道はないのか思いましたし、地図で見ると岬中央を走る道路もあるようなのですが…Wikipediaによると、東海岸回り・西海岸回り・スカイライン(中央)の3ルート中、西海岸回りが一番早く快適に足摺岬までいけるようになったとの記載があります。あれでか(苦笑)。他のルートが思いやられますな。

シャトルバス

 通常は足摺岬展望台付近まで走るそうなのですが、混雑防止のためにゴールデンウィーク、盆休み、年末年始には通行規制が実施されています。展望台の1kmほど手前にある市営駐車場止まりとなり、そこから徒歩もしくはシャトルバスを利用することになります。シャトルバスは有料ですが、バスで来た人は整理券を見せれば無料となります。歩いても15分くらいなので歩くのもありだと思いますが、タダならやはり乗っちゃいますね。

足摺岬の看板

 足摺岬の看板。灯台の形をしています。高知県を代表する観光地の一つで、「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」でも二つ星で評価されている有名観光地だけあって、周辺にはホテルや飲食店も結構あります。それにしても高松から6時間か…。6時間あれば新幹線などを使えば筑波嶺まで帰れそうです。

岬から見た海

 四国最南端の地・足摺岬。正確にはもうちょっと西側にさらに南にあたる場所があるそうですが、歩いて行けそうにない場所なのでもうここで認定していいと思います。黒潮本流が直接ぶつかるのは日本唯一ここだけだとか。

足摺岬灯台

 遊歩道を通って足摺岬灯台へ。高さ18m、光達距離38kmという、日本最大級の灯台のひとつです。大正3(1914)年建造以来、沖を行く船の安全を見守り続ける岬のシンボルです。

足摺岬展望台

 灯台付近から見た足摺岬展望台。灯台よりはやや北側にありますが、展望台の方が高いです。270度以上の視界が広がり、地球の丸さが実感できます。

展望台から見た灯台

 展望台から見た足摺岬灯台です。

天狗の鼻

 展望台からさらに北側にある天狗の鼻。隠れた名所だと言われているようですが、遊歩道を歩き続ければ誰でも行けます。天狗の鼻というよりは滑り台のような形をしていますが、ここを滑り落ちたら…

天狗の鼻から見た展望台

 天狗の鼻から見た展望台。やはりこちらの方が低いようです。

展望台と灯台

 更に先に進むと展望台の向こうの灯台も見えました。

ビロー自生地

 さらに北に向かうと「ビロー自生地」が。東アジアの亜熱帯の海岸付近に自生するヤシ科の常緑高木です。宮崎の青島でも見ましたが、四国にも自生していたんですね。

金剛福寺山門

 足摺岬には弘法大師が建立した四国八十八ヶ所第三十八番札所「金剛福寺」があります。つまり八十八カ所巡りをするならここまで来ないといけないわけですね。私は不信心者ですが、四国を観光しているとこの八十八カ所の寺のいくつかにはぶつかってしまいますね。まあ88もあればそりゃあそうか。全部回るのは大変ですが、一つも回らないのもまた困難。

足摺岬遊歩道

 弘法大師が822(弘仁13)年に開創したそうです。空海は唐に留学していた頃に有縁の地を求めて五鈷杵(金剛杵の両端が五つに分かれているもの)を東に向かって投げたそうですが、それが飛来したのが足摺岬だったとか。

金剛福寺境内

 こちら境内。池には鯉がいます。十三重の石塔は寺でよく見かけますが、これが木造でしかも大型化したのが談山神社の十三重塔ですね。

本堂

 本堂。本尊は千手観音で、正月三が日にご開帳だそうです。

百八仏

 五智如来・十三仏・千手観音などの鋳造仏が108体境内に配置されています。画像は本堂左側にある諸尊像です。

大師堂

 弘法大師像が拝観できる大師堂。正面の額が「弘法」。

地獄の穴

 なお、足摺岬の遊歩道を歩いていると、弘法大師に関わる数々の「不思議」を見ることができ、「足摺七不思議」と呼ばれています。その数は9とも10ともいわれ、「七不思議」じゃないじゃないかとツッコミたくなりますが、不思議が七つあるという意味ではなく、多くの不思議があるという意味なんだとか。そういえば本所七不思議なんかも9つありましたね。全部を紹介してもなんなので、二つほど。まずはその名称が中二病心をくすぐる「地獄の穴」。この穴に銭を落とすと、チリンチリンと音がして落ちて行き、その穴は金剛福寺の本堂まで通じているとか。地獄とは一体…(笑)。

亀石

 もう一つは「亀石」。弘法大師はなぜか足摺岬では亀と縁があり、やはり七不思議の「亀呼場」から亀の背中に乗って足摺岬の海中にある不動岩に渡って祈祷していたとか。「亀石」は「亀呼場」の方向を向いており、亀の頭の形に見える自然石です。

新ロイヤルホテル四万十

 再び2時間バスに揺られて中村駅に戻り、今宵の宿は新ロイヤルホテル四万十。大浴場がありますが、時間で区切った男女入れ替え制となっていました。悪い宿ではありませんが…ドーミーインの領域に至るにはもう一歩というところでしょうか。

四万十市郷土資料館

 翌日はまず向かったのが四万十市郷土資料館。元は戦国大名一条氏の家老だった為松氏が築城した中村城の跡地にあります。江戸時代の一国一城令に伴い廃城となったそうですが、模擬天守が郷土資料館となっています。小さい資料館ですが、四階からは四方が見渡せてなかなかの景色です。

四万十川

 郷土資料館から四万十川が見えました。四国最長の川にして、本流に大規模なダムが建設されていないことから「日本最後の清流」と呼ばれる名高い川です。ここまで来て見ていかないわけにはいかないだろうと向かったのは四万十川橋。通称赤鉄橋と呼ばれています。

赤鉄橋

 四万十川と言えば沈下橋だろうとツッコまれそうですが、一番近い佐田沈下橋でも5,6キロ上流側ということで、徒歩の身にはちとキツかった。

赤鉄橋を渡る
 
 全長は500メートル強。車道の両側に歩道があるので、気楽に四万十川を眺められます。

四万十川の上流
 
 橋を東から西に渡りつつ上流側を見ています。

四万十川の下流
 
 河川敷をちょっとぶらぶらした後、再び赤鉄橋を今度は西から東へ。下流側はこんなかんじ。手前の橋は四万十くろしおライン宿毛線の鉄橋。わかりにくいですが奥にも橋があり、これは渡川大橋です。

一條神社

 続いて「看板猫」がいるという一條神社へ。長宗我部氏に滅ぼされた一条氏を祀る神社ですが、人懐こいチビという猫でも有名でした。私もぜひ会いたかったのですが、なんと今年2月に天国に旅立ってしまったと。残念でした。

岬から見た海その2

 今年の旅のテーマは「四国に住んでいる今でないともう一生行かないかも知れない場所に行こう」。第一回は足摺岬で、第二回は室戸岬に行こうと思っています。やはり高知県。私は高知県が好きなのかも知れません。三回目以降はあるかどうか不明!(笑)

栗林公園春のライトアップ:華麗なる桜の宵

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 ここ数日ですっかり暖かくなって、桜も散り模様。葉もどんどん伸びて急速に葉桜となっています。あんまり急に変わると身体がついていきかねるので、もっとゆっくりお願いしたいですが、スギ花粉については急になくなっても私は一向に構わんッッ!!!

春のライトアップ2022

 特別名勝栗林公園では、4月1日から恒例春のライトアップが行われています。11月末の秋のライトアップから5ヶ月弱。秋も良かったのですが、春は春でまたいいんでしょうねということで、早速行ってきました。

鑑賞コース

 秋のライトアップは公園の南側がメインでしたが、春は北側がメイン。というか、南側は立ち入り禁止になってました(昼間は入れます)。梅や桜は北、楓などは南と植え分けてるみたいですね。どこにでもある松(高松だからや!)。そして“栗林”というわりにどこにも見当たらない栗。まあ栗の木はあまり観賞用ではないですが。

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 秋は正門(東門)から入場しましたが、今回は北門から入場。東に向かって郡鴨池に。手前の木立に遮られて見えない桜もありますが、池の水鏡にはしっかり映っていますね。パンフでは“桜のピンクと木々のグリーンの絶妙なコントラスト”と自画自賛しています。

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 立ち入り禁止ゾーン手前の夜桜。街灯は一切ないので、この期間だけ設置された行灯だけが頼りです。

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 ライトの光の当たり方によっては白く見えたりピンクに見えたり。どっちもあってどっちも良い。

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 別アングルから群鴨池の桜アゲイン。今度は桜はしっかり映りましたが、手前にある岩のせいで水鏡の桜が映らなかったり。名カメラマンの道は険しいですね。

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 群鴨池の西にある芙蓉沼付近の桜。7時前後ですが、西を向いて撮影しているせいでまだ微かに空が明るいですね。

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 東門付近の桜の密集地。手前の行灯がちょっとうるさいですね。

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 と言うわけでもうちょっと寄ってみました。しつこく行灯の頭が入っていますが、だいぶ良いのではないでしょうか。

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 近くば寄って目にも見よ、という訳で見上げた桜のアップ。ピント合わせはスマホが勝手にやってます。

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 横から見た桜のアップ。夜は露出のためしばらく静止していないといけないのですが、どうしてもわずかに動いてしまい、ぶれが生じます。ブログでは画像を縮小しているから目立たないと思いますが。

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 標本木の桜。高松ではこの木の桜の咲き具合で開花宣伝を出しています。

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 この日はちょっと気温が低めでした。その方が花は長持ちしそうですが、その後一気に暖かくなったので今はきっと…

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 手前のカップルが邪魔ですが、どけとも言えません。桜が見たいのはみんな一緒。

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 うまく人気のない角度で撮ってみました。こうして見と誰もいないように感じますが、実際は周囲に人がたくさん。

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 ちょっとずらすとこれですから(笑)。みんな撮影しています。

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 人が映り込まないようにするにはカメラを上に向けるしか。でもちょっとアップが過ぎます。

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 そう、これくらいがいいように思います。どこを撮影しているのか良く判らなくなっていますが。

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 花が先行するソメイヨシノですが、じわじわと葉っぱも出てきています。

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 西湖の水鏡に映った桜。これはわりと良い感じではないでしょうか。

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 ちなみに昼間だとこんな感じ。前日の昼に撮影したものですが、水が濁っているので水鏡はやはり夜の方が鮮やかですね。

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 北門近くの芝生広場の桜です。北門から入ったとき輝くような桜並木が見えたのですが、後の楽しみに取っておきました。みんな撮影しています。

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 芝生広場に沿って植えられた桜並木です。時が時ならゴザ引いて宴会と行きたいところですが。

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 コロナ禍では佇むしかありません。まあ本気で桜を観賞するならその方がいいのかも知れませんね。宴会したらやはり酒や肴の方に注意が行ってしまいそうです。

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 北門近くから芝生広場を振り返ります。春の夜はなんとなく艶めかしさを感じますが、それは桜のせいなのでしょうか。

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 付録で、夜桜観賞の前日の昼間の桜です。せっかく撮影したので載せちゃいます。青空に桜はよく似合うのですが、この日はちょっと雲が多かったようです。

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 それでも春爛漫な感じは伝わるのではないでしょうか。

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 以上、栗林公園の夜桜&昼桜でした。2~3月頃は梅も咲いていて、梅は梅でいいのですが(匂いもいいし)、やはり桜は日本人の心をかき乱すというか、見ずにはいられない気持ちにさせますね。

宇和島紀行:“西の伊達藩”の城下町を訪れる


 ひと月ぶりに栗林公園に行ってきました。桃の節句も過ぎた3月とはいえ、梅林では梅が真っ盛りでした。梅は花はちょっと地味だけど、香りも楽しめるのはいいですね。

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 年に2回ライトアップが実施されていますが、今月末には春のライトアップが予定されていると思います。当然主役は夜桜でしょう。秋のライトアップに続けて紹介できたらと思います。

宇和島イメージ

 本日は先日訪れた宇和島について語りたいと思います。宇和島は香川の隣県愛媛にありますが、高松からは結構距離があるので旅行したという感じになります。47都道府県全てに宿泊したと言っても、県庁所在地に一泊といった感じの県が多いので、今後はできれば複数回泊まりたいなと。

伊達の黒船

 宇和島を選んだ理由は、昔司馬遼太郎の「伊達の黒船」という短編を読んだことがあって、幕末の四賢候の一人伊達宗城(むねなり)が黒船来航からわずか3年後に実験的な蒸気船が完成させたという話を知っていたことがあります。伊達家というと仙台藩が真っ先に思い浮かびますが、愛媛県にもあったんだと驚いた記憶があります。

宇和島市の位置

 藩祖の伊達秀宗は独眼竜政宗の長子でしたが、妾腹だった(つまり庶子)のと、秀吉との関係が深かったところ、正室が男児を産んだことや政権が豊臣家から徳川家に変わったことなどにより伊達家の家督相続者から除外されることとなり、大坂冬の陣参戦の功として政宗に与えられた伊予宇和島10万石を別家として嗣いだのでした。圧倒的に大きい仙台藩からは分家筋扱いされたそうですが、それが不満で江戸中期には本家末家論争を起こしています。

伊達宗城

 しかし幕末~維新の頃に国事に奔走した名君宗城の活躍が評価され、華族に列せられた際には侯爵となり奥羽越列藩同盟に連座したことで伯爵止まりとなった仙台本家を上回っています。

特急いしづち
特急しおかぜ

 そんな宇和島に行くには、鉄路の場合高松~松山を特急いしづちで、松山~宇和島を特急宇和海で行くのが常道なんですが、コロナ禍という理由で特急いしづちが松山まで行ってくれないので、多度津駅で岡山から松山に向かう特急しおかぜに乗り換えなければなりませんでした。

特急宇和海

 なんちゃって乗り鉄的にはいろんな列車に乗れて良いと言えば良いのですが、たかが隣県に行くのに特急3本は大げさだよなという気持ちもあったりして。特急宇和海は初めて乗りましたが、沿線はやたらトンネルが多かった印象。名前に海が付いてはいても、あまり海は見られません。

宇和島駅

 宇和島駅到着。駅ビルのような建物は、実はホテルでJR四国が経営するクレメント宇和島。今宵の宿でもあります。駅直結というのは荷物を預けるのにとっても便利で、1日目も2日目も利用させていただきました。

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 まず向かうは宇和島城。別名鶴島城で、国の史跡に指定されています。平山城で小高い丘の上に建っており、日本百名城の一つでもあります。重要文化財とされる天守は江戸時代かそれ以前のものが保存されている「現存12天守」の一つです。実は12天守のうち三分の一の4天守(丸亀城、高知城、松山城、宇和島城)は四国にあるという。なお私は三分の二の8天守を訪れました。

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 これが宇和島城の天守。丸亀城の天守を見た時も思いましたが、大きい城なら櫓レベルですよね。姫路城あたりから「ヤツは現存12天守の中でも最弱」とか言われていないかな?丸亀城と12天守の最下位争いしてそうですが、どちらも小高いところに建てられているので訪れるのは結構大変です。近いけど急な石段の道と遠いけど緩やかな坂道があるのですが、「おだやかな道とイバラの道の二通りの道があるとすればイバラの道を進め」というアタル兄さんの教えを思い出して急な石段を登りました。もっとも下りは坂道の方を選びましたがね。膝がヤバいんじゃ膝が。

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 城址は「城山公園」となっていますが入場は無料。天守だけ入場料200円。このあたりは入園するのに金を取る高松城址公園(玉藻公園)も見習って貰いたいものですが…。天守1階には鎧具足が3領飾られていました。夜な夜な動き出しては人を襲う…なんて横溝ミステリー的な話はなかったぜ。

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 天守3階から西方を見たらこんな感じです。見えている海は宇和海です。

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 こちらは北方を見ています。正面の山は鬼ヶ城連山。鬼の城でもあったんでしょうか。標高は1,151m。宇和島は愛媛でも最南部といっていい場所(南予)にありますが、冬には美しく見事な樹氷が見られるとか。

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 続いて向かったのは大名庭園で国の名勝となっている天赦園。国の名勝になっています。鬼ヶ城連山を借景とした池泉回遊式の庭園です。入園料は500円ですが、特別名勝の栗林公園が400円なのと比較すると、圧倒的に面積が小さいのに高いという。さっきは高松が宇和島に見習えと思った話でしたが、こちらでは高松を見習って貰いたいものです。

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 竹や笹が多数植えられてるのが特徴で、これは伊達家の家紋が「竹に雀」であることに由来しているそうです。ちなみに栗林公園は松が多く植えられていますが、高松だから?ではなぜ栗林という名前にしたし。

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 伊達家は藤原氏の流れということで、藤も多く植えられています。こちらは藤棚が太鼓橋になっている白玉藤。今はシーズンオフで寒々とした雰囲気ですが…

白玉藤

 花の季節だとこうなります。

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 園内にある茶室。昭和天皇が皇太子時代に訪れ、ここで休憩したとか。

クレメント宇和島

 というところで疲れたのでスーパーで夕食の惣菜や酒などを買ってホテルへ。クレメント宇和島、駅直結で便利だし設備も文句ないのですが、大浴場がないというのが唯一の泣き所。夏とかはいいのですが、寒い時期は大浴場の湯船が恋しいですね。

鯛めし御膳

 さて翌日。朝食は四種の和食と洋食、さらに部屋に持ち帰れる弁当(洋食)からのチョイスとなります。私が選んだのは宇和島の郷土料理である鯛めし膳。鯛の刺身や薬味をご飯の上に載せ、卵黄を加えたタレをかけるという、いわば超豪華番卵掛けご飯です。卵は白身を除くようにと言われ、従いましたがちょっと罪悪感。いつもは全卵+納豆でご飯にかけているもので。こんなもん、鯛が載ってなくたって美味しいわけです。

おかわりもいいぞ

 レストランのお姉さんはおかわりもいいぞ!とのことでしたが、鯛や卵はなしで白米のみでした。まあ毒ガス訓練がないだけ良しとしましょう(笑)。

例のリハク

 2日目はまずじゃらんの観光ランキング1位だった西江寺に向かったのですが、枯山水庭園が素晴らしいのとことでしたが、なんか入れる状態になっていませんでした。見られるのは墓地ばかりで。やむなくランキング2位の伊達博物館に向かいましたが、こちらもなんと休館日。行く前に調べておけよという話ですが、読めなかった、このリハクの目をもってしても!

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 仕方なく向かったのはランキング15位の和霊神社。宇和島駅の北側にあります。いきなり15位って下がりすぎだろうとのツッコミを受けそうですが、歩いて行けそうなのはそこあたりしかなかったのです。江戸時代創建の比較的新しい神社で、祀っているのは宇和島藩祖・伊達秀宗と共にやってきた元伊達政宗家臣の山家公頼。

山家公頼

 宇和島藩家老として手腕を発揮し、前領主の悪政に疲弊した宇和島の民政安定に尽くし、領民から慕われましたが、嫉妬する他の家臣の讒言により殺害されてしまったという。当初領民達は密かに祀っていましたが、殺害に関与した者達が次々と変死し、また無実も明らかになったため、公の神社となりました。以後も参拝者が増えたことで場所を移して、現在の場所に。

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 和霊神社と和霊公園の間には須賀川が流れ、太鼓橋でつながれていました。社殿は、四国でも指折りの大社だそうです。大鳥居は石造りとしては日本一の大きさだとか。

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 和霊公園には蒸気機関車C12が保存展示されていました。予土線や予讃線で使われていたようです。C12はSLとしては比較的小型なので各地で保存されているようですね。

闘牛饅頭

 宇和島は闘牛でも有名と言うことで、お土産に買ったのは闘牛饅頭。牛肉入り(嘘)。闘牛と言ってもスペインの牛対闘牛士のものとは違って牛同士が戦うものです。

倉敷再訪:遂に47都道府県を制覇

倉敷冬

 三連休を利用して倉敷に宿泊してきました。岡山県は全国都道府県の中で唯一泊まったことのない県でした。このまま死ぬまで泊まらなかった県として残しておくのも一興と思っていましたが、つい泊まってしまいました。

美観地区その2

 倉敷泊を選んだ理由は、①昨年夏に訪問したけど、最大の目玉である大原美術館に入館できなかったのでリベンジしたい ②正月の飲み残しの酒を一掃したい ③ご贔屓ホテルのドーミーインがあるから、です。しかし岡山は高松から近い。マリンライナーで到着した岡山駅で新幹線に乗り換えるというのが最近の旅の流れなんですが、倉敷だと岡山から在来線で20分弱で着いてしまいます。なのでウォーキングに行ったり買い物したりで3時過ぎに出発。

フレッシュマルシェ

 倉敷駅前のスーパー「フレッシュマルシェ」で惣菜類を買ってホテルへ。いつもは酒も買うのですが、今回はペットボトルに詰め替えたボンベイサファイアがあるので割り材だけ買いました。

ドーミーイン倉敷

 「阿智の湯 ドーミーイン倉敷」は美観地区のすぐそば。「阿智」は倉敷の古名だそうです。ドーミーインは岡山県では倉敷にしかありません。広島や島根には2つずつあるのに。そういえば我が高松にもドーミーインが2軒あって、しかも結構近いのですが、大都市ならともかく、高松のような小さい市に2軒も必要なんでしょうか。

大浴場

 出発が遅かったのでホテルに着いたらもう夕方。大浴場でひとっ風呂浴びたらもう夕食時です。それにしてもドーミーインの大浴場はいいですね。昔は大浴場があっても部屋の小さい風呂で済ませていたものですが、心は変わるものですね。

ボンベイサファイア

 ボンベイサファイアをトニックウォーターとジンジャーエールで割って「カイジ豪遊ごっこ」。今時ウイスキーも40度くらいになっているところ、ボンベイサファイアは47度。なので注ぐ量は控えめにしたつもりでしたが、この酒はかなり効きます。ジンには独特な香りがあって、これが好き嫌いを分けるのですが、ボンベイサファイアは特に癖が強いように思えます。私はこの癖が好きだったんですが、普段飲まないようになってから弱くなったのか、すごく効いてしまいました。

爽健美茶

 合間合間に爽健美茶を飲んだおかげか二日酔いは防いだものの、すっかり酔っ払ってしまってドーミーイン名物夜鳴きラーメンをパスしてしまい、翌朝目覚めたのは8時過ぎ。もはやボンベイサファイアは私の手に余るようなので、来年の正月はサントリーの翠にしようと心に誓ったのでした。

大原美術館

 朝風呂に入って朝食を目一杯食べ、荷物をフロントに預けて大原美術館へ。ホントすぐそばで助かります。1930年開館で、日本最初の私立西洋美術館です。倉敷の実業家大原孫三郎が収集した西洋美術、エジプト・中近東美術、中国美術などの作品が展示されています。

受胎告知 

 目玉はエル・グレコの「受胎告知」。日本にあるグレコの作品は本作と国立西洋美術館の「十字架のキリスト」の二点のみだそうです。16~7世紀の画家ですが、長く忘れられ、再評価されたのは20世紀になってからのようです。

大祭壇衝立画

 そういえば昨年訪ねた大塚国際美術館にはナポレオン戦争で散逸してしまったエル・グレコの大祭壇衝立画の復元陶板画がありました。これの中央下も「受胎告知」です。いろんな画家がいろんな「受胎告知」を描いていますが、同じ作家でも全く違う構図・表現をしているんですね。ちなみに左が天使、右がマリアという位置は固定されていたところ、この型を破ったのがエル・グレコの絵のようです。

モネの睡蓮

 他にもモネの「睡蓮」のはじめ一連の印象派画家達の作品やピカソ・藤田嗣治・マティス・モディリアーニなどの有名作家の作品が展示されています。

倉敷美観地区

 あとはせっかくなので美観地区をぶらぶらと散策。倉敷の氏神である阿智神社などがある鶴形山はパス。4月だと桜祭りや藤祭りが行われて華やぐそうですが、2ヶ月早かった。まあ昨夏登りましたから。これで全国制覇してしまったので、今後はどうしようかしらん。全国ドーミーイン巡りとか(笑)。「どっきん四国」というカテゴリーなのに四国以外がやたら多いので、今後はもうちょっと四国も巡りたいと思いますが。

大分紀行:昨年末の話で恐縮ですが

昨夜の地震

 夜中の緊急地震速報に叩き起こされました。どんなすごい揺れが?と身構えましたが、高松は大した揺れではなく。後で見たら震度3でしたが、体感では2程度だったような。でも震源地に近い大分宮崎方面ではかなりの揺れだったようで、大きな被害がないといいのですが。

ワンダーランドエクスプレス

 だからという訳ではありませんが、本日は大分に旅した話を。オミクロン株の感染拡大の予兆を感じながらもまだ大したことのなかった年末、大分市に行ってきました。目的は特急ソニックに乗ることです。

青いソニック

 これが883系ソニック。1995年デビューで今となっては結構ロートルですが、登場時のインパクトは大きかったです。「ワンダーランドエクプレス」と呼ばれ、奇抜なエクステリアは話題をさらい、高速バスにジリ貧だった日豊本線の活性化と利用者増加に大きく貢献しました。

奇抜な座席

 なにしろこの座席。ヘッドレスト部分がなにやらTDLのあのキャラを連想させるような。今はリニューアルされて落ち着いた色合いになっていますが、昔はもっと派手でした。

昔のソニック座席

 これが旧座席。実に派手ですね。まさに「ワンダーランドエクプレス」を体現するかのようです。この時に一度乗っておきたかったですが、叶わず。

雪で遅れる新幹線

 しかし、折しも襲来した年末寒波で常にない大雪が新幹線を襲っておりました。運休こそしなかったものの、30~40分くらいの遅れが発生。私が新幹線に乗る岡山駅は寒いもののピーカンで雪の気配は微塵もありませんでしたが、滋賀のあたりがヤバかったようです。

白いソニック

 そういう訳で小倉駅に着いた頃には乗車予定のソニックは既に出発しており、みどりの窓口で次の列車の席を取り直して貰いましたが、来たのは885系の通称「白いソニック」。悪い列車じゃないし、こっちの方が新型なんですが…夏の長崎旅行で乗っていたんですよね。今回は青い方に乗りたかったんじゃ~と心で叫びつつ、帰りの列車に期待します。

おんせん県おおいた

 大分県には既に別府、湯布院、日田に宿泊したことがあり、4回目の宿泊。それくらいなら1回しか宿泊していない他県(鹿児島、熊本、佐賀、福岡)に泊まれよと自分にツッコミましたが、先ほど言ったように青いソニックに乗りたかったもので。でも大分市は初宿泊です。「おんせん県」の異名を取る大分県、同じ列車に乗ったみなさんも、大体別府で降りていきます。

大分ドーミーイン

 なぜお前は別府で降りないのだ?それは私のご贔屓ホテルであるドーミーインが大分市にあったからです。「天然温泉白糸の湯 ドーミーイン大分」は大分駅前にありました。せっかく来たのだから豊後国一宮である西寒田(ささむた)神社か柞原(ゆすはら)八幡宮を訪ねようかと思っていたのですが、列車の遅延により諦めて駅ビル内のスーパーで買い物してホテル直行とあいなりました。それにしても一宮が二つあるとはこれいかに。

大浴場

 ドーミーインの大浴場はいいですねえ。サウナと水風呂に交互に入って「整えている」人もいましたが、私は普通に風呂に入り、サービスのアイスモナカを食べ、恒例の「カイジ豪遊ごっこ」の後、9時半には夜鳴きラーメンを頂きました。

夜鳴きラーメン

 サービスなので文句は言えませんが、出来れば半玉といわず一玉欲しいところです。シンプルな醤油味ですが、夜食だと「だがそれがいい」。

ドーミーイン大分の朝食

 朝風呂も大浴場に浸かり、やはりサービスの乳酸菌飲料を飲んで、さあ朝食。ドーミーインの朝食はご当地名物も出してくれるのがいいですね。大分だと中津唐揚げなんかがあります。

椎茸カレー

 カレーもあって、実は朝カレー好きなので早速頂こうと思ったら、まさかの「椎茸カレー」。大分名物には椎茸もあった模様。子供の頃からキノコ類が苦手で、大人になってだいぶ克服したんですが、「超えられない壁」が椎茸。カレーの味に紛れるかもしれないとも思いましたが、いやいや椎茸の味はA.T.フィールドすら突破すると考え直し、遺憾ながら回避しました。「椎茸カレー」はあってもいいですが、「ノン椎茸カレー」も置いておいて欲しかった…

府内城

 列車の出発まで時間があったので、少しは観光もせねばと思って向かったのが大分城址公園。正式には府内城と言うらしいです。江戸時代中に天守は燃えて再建されなかったようですが、櫓は復元されています。

閉鎖された内苑

 しかーし、掘の内側は立ち入り禁止に。PCR用検体採取場が設置されているため閉鎖されているとのこと。仕方なく外苑を歩いて行きます。

人質櫓

 「人質櫓」というちょっと物騒な名前の櫓。江戸末期の文久元(1861)年に再建されたものだそうですが、名前の由来は不明。人質を押し込めたといった伝承はないそうですが、ではなぜこの名前にしたし。

南東隅二重櫓

 こちらは東丸南東隅二重櫓。第二次大戦の戦災で焼失して戦後に復元されたものです。本来は平櫓だったそうですが、他の櫓が二重櫓なので同形式で再建したとか。一階の張り出した部分は「石落し」だそうです。

大分駅

 駅に戻ってお土産選び。大分駅は結構立派ですね。かつて住んだ札幌の駅を思い出しましたよ。

札幌駅

 あ…すいません、やはり札幌駅の方が立派です。

ざびえる

 お土産に買ったのは、50年以上愛され続けるという大分銘菓「ざびえる」。かのフランシスコ・ザビエルの名前を使っているのは、ザビエルが大友宗麟の庇護下、大分市で布教活動を行ったからだそうです。バター風味豊かな洋風の皮に、純和風の白餡(銀)と、ラム酒に漬けたレーズンを刻みこんだ餡(金)の二種類があります。余談ですが、ザビエルってバスク人だそうですね。

ボンディア

 年末なので豪華にもう一丁ということで選んだのは「ボンディア」。ポルトガル語で「おはよう」を意味するそうで、1978年に大分市とポルトガルのアベイロ市が姉妹都市を締結した際に記念として作られたお菓子です。砕いたクルミを煉り込んだ小豆あんをパイ生地で包むという和洋折衷のお菓子で、「大分土産といえばボンディア」というぐらい定番のお土産となっているとか。おいしいけどちょっとお高め。

ブルーソニック

 帰りの列車は期待通り「青いソニック」でした。新幹線も帰りは雪の影響もなくスムーズで、順調に高松に帰り着きました。

栗林公園秋のライトアップ:昼間とはひと味違った光と闇の幻想郷

昭南邂逅

 昨夜、日振型海防艦の3番艦昭南と邂逅しました。出現率は7%とかなり高いはずなのに、40周くらいしてようやく。ピックアップガチャが当たらないわけですね。

昭南

 出会えたことは素直に喜びたいところですが、海防艦なので性能はお察し。能力的には苦労してまで手に入れるほどのことはなく、純粋にコレクション要素といったところです。「艦隊これくしょん」なのだからそれも仕方ないのですが、やはり戦艦とか空母なんかとは気合いの入り方が違ってしまうのは致し方なし。まあこれで未入手艦娘は再び4隻に戻りました。

過ぎ去る晩秋

 本日は先日訪れた「栗林公園秋のライトアップ」の状況を紹介したいと思います。本日が最終日なんですよね。

栗林公園マップ

 三名園に勝るとも劣らないミシュラン三つ星の特別名勝である栗林公園ですが、通常の開園時間は日の出から日の入りまでで、今頃だと朝6時半から夕方5時まで。12月と1月には7時開園となります。いつもとは別の顔を見せる夜の栗林公園を見るチャンスは1年に2回、春と秋だけです。

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 東門から入場。北門からも入れますが、こちらの方が正門らしいので。まず見えたのはライトアップされたイチョウの木。黄葉はしていますが、まだまだ緑も残っているので黄緑に見えます。

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 こちら園内の照明の具合です。かなり暗いように思えますが、それでもちらほらと灯りが設置されています。通常は灯りが全然無いそうなので日没後はかなり危ないですね。

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 園内には大きく6つの池がありますが、これは北湖。浮島の松がライトアップされています。手前にも松がありますが、「栗林公園の松」は単独でミシュラン一つ星を得ている名物です。「栗林」という名前にも関わらず、庭園は造られた当初から松で構成されていたとか。昔は栗の木が群生していたという説もあるそうですが…

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 日暮亭前。明治時代に建築された茅葺き草庵型の茶室です。本日は営業中で茶菓がいただけます。

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 日暮亭付近の紅葉。ちなみに園内には随所にお食事処というかお休み処があります。カップルなどは焼き団子などを食べていましたが、独り者に飲食は似合わないぜとニヒルに笑って歩み去るのでした。

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 栗林公園西側で園内の借景をなしている紫雲山の山裾にある石壁。「赤壁」と名付けられています。手前の池は西湖です。

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 西湖近くにある旧日暮亭。江戸時代初期の入母屋茅葺き屋根の大名茶室です。一度、園外に移築された後に再移築されました。その間に新たな日暮亭が出来てしまったので「旧」の名が。こちらは純粋に見るだけの建物ですが、なんとなく怪しい色彩のライトアップがなされていました。

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 赤壁にある桶樋(おけどい)滝。観賞用に作られた人口の滝で、現在は西湖の水をポンプアップして流していますが、かつては紫雲山中腹に置いた桶まで人力で水を汲み上げていたそうで、そこから「桶樋」の名がつきました。

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 小豆島のアーティスト「なかがわゆきこ」氏作のオブジェ「ふゆほたる」。ガラス玉に曼荼羅のようなドット模様をほどこし、赤や青の光で照らしています。

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 栗林公園発祥の地と言われる「小普陀(しょうふだ)」付近。大名庭園としての本格的な整備は江戸時代ですが、この辺りは室町時代に作庭されていたとか。

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 慈航嶼(じこうしょ)という島と、島にかかる津筏梁(しんばつりょう)という独特の形をした橋。四角い木を斜めに渡して、長い木が無くても長い橋が架けられるように工夫されているそうですが、注意しないと落ちそうですね。

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 園内6つの池の中でも最小の涵翠池(かんすいち)。周囲に植えられているソテツ類がライトアップされていますが、他とは違った雰囲気があります。ちょっと異世界風。

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 掬月(きくげつ)亭付近の楓とススキ。秋の風情を感じさせるススキですが、園内には意外に少ないですね。雑草だから?

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 南湖と浮島の楓嶼(ふうしょ)。その名のとおり楓が植えられています。水面も輝いて綺麗ですね。個人的には今回のベストショットではないかと。

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 南湖南岸の楓岸(ふうがん)。楓が沢山植えられていて秋の名所となっています。このあたりから一方通行になっていました。栗林公園の最南部にあたります。

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 別角度からの南湖と楓嶼。楓嶼の左には掬月亭があり、その後には黒々とした紫雲山。楓嶼の右側では松がライトアップされています。

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 南湖には3つの島があり、前出の楓嶼の他に天女嶋(てんにょとう)と杜鵑嶼(とけんしょ)ですが、これは天女嶋。ライトアップされた木が水面にも映ってまるで鏡のようです。紅葉ではありませんが、これもなかなか良いショットだと思うのですが。

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 南湖に映える紅葉。こちらも水鏡のようでなかなか美しいのですが、左の石灯籠の影が邪魔ですね。なぜか撮影時は気がつきませんでした。

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 南湖にかかる偃月(とげつ)橋。園内には大小14の名前のある木橋がありますが、そのうち最大の橋です。弓張り月が池に映る姿に似ていることから名付けられたそうです。平成13年に掛け替えられているので比較的新しいですね。

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 富士山に見立てて造られたといわれる築山である飛来峰からの眺めは園内随一のビューポイントとされています。山頂から見下ろした偃月橋や、紫雲山を背景に南湖の西に配された掬月亭を望む眺めは、栗林公園を代表する景観で、定番の撮影スポットなんですが、その夜バージョンとなります。

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 ずいっと北上して東門近くまで戻ってきました。正面の青くライトアップされた建築は商工奨励館。1899(明治32)年開館で、平等院を模した左右対称の木造建築です。

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 同じ東門から出るのもつまらないので、北門に向かいます。この辺りから急に風が強くなってきました。

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 園内のビュースポットは南側の南庭に集中しているのですが、北庭で随一のビュースポットと言われる枕流亭です。正面の水は潺湲池(ひかんち)と呼ばれていますが、園内6つの池にはカウントされていません。実際は小川に近いですね。ここから北門を出て園内周遊は終わりました。

プロの仕業

 スマホでの夜間撮影はほぼ今回が初めてだったのですが、反省点としては露光時間がかかるので撮影時には息を止めて動かないようにしないといけないということでしょうか。画像は縮小しているので目立ちませんが、結構ブレブレでした。上記画像はプロの仕業ですが、こういう素晴らしい画像が撮れる日は来るのでしょうか。スマホでは無理なのかしらん。

京都&奈良小旅行:秋は行楽の季節ですね

秋の夕暮れの猫

 11月に入って、今年ももう2ヶ月足らずとなりました。いつも言っていますが11月は一年で一番好きな月です。今年は11月に入っても結構暖かくて、あんまり秋の感じがしないのですが、日没だけは本当に早くなりました。

ホマレ

 今回のガチャ速報(いや、恒例ではないですが)は「ウマ娘」ではなく「プリコネR」。いかにも強キャラ感漂うホマレが登場しました。プリフェス限定キャラに弱キャラなしなんですが、ストーリー的にも底知れなさがあるので、こちらも引かねば…無作法というもの…ということで早速ガチャを引いたのですが、余裕で天井でした(涙)。手持ちの石が全滅した他、○万円が生贄に。「ウマ娘」で比較的良かったガチャ運の反動がこちらに来ていますね。“天井”があると、必ず手に入る反面、諦めずに引き続けてしまうという弊害もありますね。まあでも天井なしよりは天井ありの方がいいのですが。

イオノワール

 その後に来たイオ(ノワール)ガチャ。一週間ほど毎日無料で10連ガチャが引けるということで毎日1回ガチャを回していたら、3回目で来てくれました。もう本当に、無料で来てくれる娘は大好きです。♪イオはまだ16だから…節子それイオと違う、イヨや!イオはゲーム内ではかなり年齢の高い23才でルーセント学院の先生です。こんな先生がいたら悩殺されて勉強になりそうにないですが。おまけにCVは「俺の嫁」声優伊藤静。そうか、「俺の嫁」だから来てくれたのか!攻略サイトでの評価も、ホマレが9.5(仮)/10点なのに対してイオ(ノワール)は9.0(仮)/10点なのでそんなに悪くないし、ありがたいことです。すぐに来てくれた“お姉ちゃん”シズル(サマー)と“闇の先生”イオ(ノワール)は可愛くて仕方ないですね。

御苑マップ

 コロナ禍もずいぶん落ち着いているので、先日ちょっと近畿地方に行ってきました。制限も解除された大阪で久々に友人ととことん飲む!というのがメインの目的だったのですが、せっかく行くので観光もしたろうということで、まず向かったのは京都。東山界隈も考えたのですが、ホマレガチャ爆死で無駄づかいしてしまったので、ここは無料路線ということで向かったのは京都御苑。92ヘクタールの広大な公園で、中には京都御所、仙洞御所、大宮御所、京都迎賓館などが所在します。

閑院宮邸跡

 訪れたのは初めてではないのですが、御苑南側の丸太町側から入ったのは今回が初。すぐに閑院宮邸跡があり、無料なのでもちろん入りました。閑院宮は新井白石の建言により江戸中期に創設された宮家で、、四世襲親王家の一つです。残りは伏見宮、桂宮、有栖川宮ですが、有栖川宮を詐称したインチキ皇族が偽装結婚式を行って祝儀をだまし取るという事件がありましたね。それはさておき、閑院宮からは江戸時代後期の仁孝天皇が出て以来、現在まで直系で皇統が続いています。

宗像神社

 宗像神社。宗像三女神は海の女神ですが、なぜに京都にあるのか? 平安京遷都直後にまだ若かった藤原冬嗣(北家繁栄の礎を作る)が、参内の途中で虚空から宗像大神に呼びかけられ、父に頼んで邸宅を買ってもらい、傍らに宗像大神を祀れば、子々孫々にわたって守護しようとの神託があったのだという伝説があるのだそうです。以前は藤原北家の花山院家の邸宅があって、神社はその中にあったそうですが、花山院家が転宅した後も鎮座地を変えず、御苑内に残ることになったようです。冬嗣ないし藤原北家は宗像神社がある筑紫国と何か深い関係でもあったのか、いろいろ解き明かしたいところですが、ここは流しましょう。

建礼門

 京都御所の南側にある建礼門。天皇皇后及び外国元首級のみが通ることのできる、最も格式の高い門とされ、御所一般参観時にも開門されることはありません。なので門は通れませんが、間近で見ることは可能です。門の後に見えるのは紫宸殿。建礼門と言えば思い出されるのは建礼門院。平清盛の娘で安徳天皇母となった平徳子の院号ですね。壇ノ浦の戦いで生き残り、その後は大原の寂光院に隠棲したとか。与謝野晶子が「ほととぎす治承寿永のおん国母 三十にして経よます寺」と詠んでいます。

建春門

 こちらは建春門。御所の南東にあります。西面には宜秋門、清所門、皇后門と3つも門がありますが、東面は建春門のみ。格式は建礼門の方が高いようですが、作りはこちらの方が立派です。建春門院は高倉天皇母で平清盛の義妹に当たる平滋子の院号です。高倉天皇と建礼門院の間に安徳天皇が生まれますが、建春門院自身は後白河院の寵愛が深く、清盛と後白河院の衝突の抑止力となっていたので、その早すぎる死は平氏滅亡の序曲となったともされています。

糺の森
糺の森2

 御苑を出て向かうは下鴨神社。正式名称は賀茂御祖神社です。こちらも何度も来たことがありますが、境内の糺の森が好きなんです。賀茂川と高野川の合流地点に発達した原生林で、森林の全域が1983(昭和58)年に国の史跡として指定を受け、保存されている。昔は今の40倍くらいの大きさがあったそうですが、応仁の乱ほかの戦乱などで大幅に面積を減少させたとか。参道など道が広すぎるので、もっと“森感”が欲しいところですが、歩くだけですがすがしい気持ちになります。もっと深く長ければいいのに。

ドーミーイン大阪谷町

 出町柳から京阪特急に乗り、天満橋で地下鉄に乗り換えて向かうは今宵の宿。例によってドーミーイン大阪谷町。大阪のど真ん中ですが天然温泉。ラドン温泉だそうで、筋肉痛、関節痛、神経痛、冷え性、疲労回復、五十肩などに効能があるそうです。

居酒屋

 いつもだと恒例“カイジ豪遊ごっこ”なんですが、今回は例外で大阪の友人と近くの居酒屋で飲み会です。やはり人と飲んだ方が楽しいですね。制限解除となったのでついついはしゃいで5時間近く飲んでしまいました。ハイボール美味しい。

はりはりうどん
ビーフシチューオムレツ

 朝食に名物という触れ込みの「はりはりうどん」(水菜入り)と「ビーフシチューオムレツ」を頂きました。どちらも大変美味しく、やはりドーミーインはいいなあとしみじみ。全国のドーミーインを訪ねるという旅もいいかも知れませんね。

奈良公園の鹿

 それから近鉄奈良線で奈良へ。奈良もいろんな名所がありますが、ベタに奈良公園に行きました。鹿は相変わらずたくさんいます。一度は鹿せんべいをやらずにはいられませんが、せんべいも高くなりましたね。10枚200円です。中高の修学旅行で来た頃は確か100円だったんですが。餌やりは原則禁止ですが、例外が鹿せんべい。やたら食いつきが良くて楽しいのですが、きりがないので10枚で終了。ずうずうしくねだってくるので、小さい子とかは怖いかも。

春日大社の石灯籠

 興福寺も東大寺大仏殿も人気観光スポットですが、金がかかるので、やはり無料路線で、まずは春日大社。神社は基本訪れるだけだと金を取らないので好きです。鹿は春日大社の神使とされていますね。興福寺は藤原氏の氏寺、春日大社は藤原氏の氏神ということで、共に藤原氏の隆盛と一緒に隆盛しました。

秋の若草山

 3年前の記事でも書いてますが、春日大社から北上して二月堂に至るコースがお気に入りです。あまり人がいないし(けど鹿はいる)。途中の若草山。入山料150円ですが、ケチって柵の外から撮影しています。人が少ないのはやはり皆ケチって…

手向山

 東大寺の鎮守である手向山八幡宮。百人一首の菅家(菅原道真)の歌「このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」が詠まれた場所でもあります。菅原道真の腰掛石というのがありました。本当に腰掛けたかどうかは眉唾ですが、例の和歌が彫られています。

三月堂

 東大寺の法華堂。通称三月堂。通称は旧暦3月に法華会が行われることから。東大寺最古の建築物にして、現存する貴重な奈良時代建築で、国宝とされています。中には国宝の仏像もありますが、お金がかかるので外観のみ。どこまでケチなんだ(笑)。

四月堂

 そばにある三昧堂。通称四月堂。通称は毎年4月に法華三昧会が執り行われることから。二月堂三月堂が有名なのでその付録扱いをされていますが、実は無料で拝観することが可能だそうです。小さいし江戸時代建立と新しいのでパスしましたが。

二月堂

 奈良に春を呼ぶという「お水取り」で有名な二月堂。奈良時代創建ですが、江戸時代に失火で焼失しています。非常に惜しいですが、従前の規模・形式を踏襲しての再建だったので、国宝に指定されています。無料で入ることが可能なところが素敵です。

南大門

 あとは大仏殿脇を通って南大門(国宝)の抜け近鉄奈良駅へ。大仏殿付近からは人も鹿も多くて大変です。これにて大人の修学旅行(ケチに徹した手抜き版)は終了。初めての場所は一切ありませんでしたが、やはり京都奈良はいいですね。たまには行かないと。

唐津紀行:佐賀県に初宿泊。残りは1県

ドラゴンクエストの世界

 ドラゴンクエストシリーズの音楽を手掛けた事で有名な作曲界の巨匠・すぎやまこういち氏が亡くなられました。「学生街の喫茶店」(ガロ)、「亜麻色の髪の乙女」(ヴィレッジ・シンガーズ)、「恋のフーガ」(ザ・ピーナッツ)、「花の首飾り」(ザ・タイガース)といった有名な楽曲の他、2000曲以上のCMソングを手掛けてこられ、東京競馬場・中山競馬場で使用されるファンファーレも作曲しているという偉大な作曲家です。御年90才ということで大往生といえるでしょうが、今後のドラクエで新曲が聴けないと思うととても残念です。「序曲」は永遠だと思いますが。

それでも続くゴルゴ

 そうそう、巨匠といえば漫画界の巨匠・さいとう・たかを氏も亡くなられてしまいましたね。なんと言っても「ゴルゴ13」が有名ですが、「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」なども手掛けていたんですね。「ゴルゴ13」についてはほぼ53年という長期連載ですが、昔から分業体制が確立しているので、今後も連載が継続されるとか。「サザエさん」「アンパンマン」「クレヨンしんちゃん」など、作者亡き後もアニメが続く作品はありますが、漫画が続く作品というのは異例では。「ゴルゴ13」の最終回のプロットは昔から考えていたそうですが、存命中に最終回が執筆されることはなかったので、内容は完全に幻になってしまいましたね。お二人のご冥福を心からお祈りします。

佐賀県

 話題はがらりと変わりますが、先日佐賀県を旅してきたので、今回はその話をしたいと思います。お笑い芸人のはなわが♪SAGA さが SAGA さが♪とシャウトしていた佐賀県。“日本一影が薄い県”なんて話題だと必ず優勝候補の一つに挙げられる佐賀県。福岡や長崎は有名だけど、その間にあるので素通りされがちな佐賀県。

ゾンビランドサガ

 最近は「ゾンビランドサガ」なんかのせいで知名度がアップしたような気もしますが、実はこれまで私も宿泊したことがありませんでした。ずいぶん20年位前に北九州2泊3日周遊の旅というパックツアーに参加したことがあるので、泊まらんまでも訪れたことくらいあるんじゃないかと思っていましたが、川下りをした柳川が佐賀ではなく福岡だったという衝撃(笑撃?)の事実によってこの幻想も打ち砕かれてしまいました。

ジェミニのサガ

 この前宮崎に行ったばかりですが、「ロマンシング サ・ガ」は2までやったし、私の誕生星座である双子座(ジェミニ)の聖闘士はサガだぜという訳の分からない理由でよしそれならばSAGAだ!ということになりました。また例によって瀬戸大橋を渡って岡山から新幹線。JR西日本のレインメーカーとなっているようなユースフです。

無限餃子

 博多でランチということで、駅ビルアミュプラザの10階にある「博多鉄なべ 無限餃子」へ。「博多名物!!鉄なべ餃子定食」のダブル(16個、1190円)をオーダー。16個というと多すぎるように思われるかも知れませんが、一つ一つの餃子が小さいので全然余裕です。ただし、鉄なべがとってもアツゥイ!!「鉄なべ餃子」の他にも「水餃子」「炊き餃子」が選べるそうです。

唐津市イメージ

 佐賀と言ってもいろんな場所があります。県庁所在地の佐賀市、新幹線も停まる鳥栖市、温泉で有名な嬉野市・武雄市、焼物で有名な伊万里市などなど。そんな中で私が選んだのは唐津市でした。海がある、城がある、特別名勝・虹の松原があるといったところが決め手になりました。

からつ号

 博多バスターミナルから昭和バスの高速バスからつ号に乗ります。1時間半ほどで唐津城手前にある大手口(唐津バスターミナル)に到着。

唐津城

 唐津城は唐津湾に面する海城です。城から左右に広がる砂浜が鶴が翼を広げたように見えることから舞鶴城とも呼ばれる高松城もそうでしたが、天守がない高松城址と違って唐津城には模擬天守のほか櫓や門が建てられ、石垣・堀が復元されています。江戸初期の築城で、豊臣秀吉が文禄・慶長の役の際の遠征軍の宿営地として築いた名護屋城(名古屋城にあらず)の遺材を使用したそうです。

虹の松原

 寺沢氏を皮切りに、江戸時代の間に譜代大名5家が入れ替わっています。これはかなり頻繁ですね。平山城なので、天守に行くまで結構階段を上ります。有料のエレベーターもありますが、ここは根性で。山上からは虹ノ松原が見えます。手前の松林ではなく、奥にずっと続いているのがそうですが、松原というよりほぼ森林ですな。

唐津の海

 こちらは日本百景に選定されている唐津湾。左手は陸続きの大島で、中央は無人島の鳥島。右手の島は高島です。高島は人口300人ほどですが、宝くじが当たるという謂れのある宝当神社があるので、宝くじのシーズンには多くのファンが訪れるとか。

天守閣

 天守は入場料500円。5階建てで各フロアで唐津の歴史や唐津焼の紹介がされています。最上階は展望フロアになっています。エレベーターはありませんが、模擬天守なので階段はゆったり。現存天守だと階段が滅茶苦茶急なので膝が死ぬんですよね。

松原

 唐津城から徒歩で虹の松原に向かってみます。舞鶴橋を渡った先にある砂浜にも松林が。砂浜を歩くのは風情がありますが、足がすごく疲れるので、舗装された車道を歩いたりして。この辺り釣りをする人も多いせいか猫が結構居ます。しかし警戒心が強そうなのばかりなのでコンタクトは断念。人懐こい子が好きですね。

松原の入り口

 虹の松原入り口?松もたくさん生えてますが下生えも鬱蒼としています。松林って下生えがないというイメージだったんですが、これはもはや森。

松原の中

 どんどん進むとこんな感じ。だんだん川口浩探検隊の雰囲気になってきました。松原というのは遠くから見るのがいいのかも知れませんね。入ってみるとただの森林。

唐津第一ホテルリベール

 夕暮れも近いので撤退して、松浦橋を渡って松浦川を越え、ディスカウントストア・トライアルに寄って酒と肴を購入して今宵の宿へ。唐津第一ホテルリベールです。部屋からは松浦川と、その向こうの唐津湾が見えて風光明媚ですが、大浴場が狭いのと、部屋着が小さいのが難。大きいのがないかフロントに聞いたらこのサイズしかないと。だったらドーミーインの部屋着のように伸縮性のあるのにしたらいいのに。

和多田駅 

 翌日は趣向を変えて鉄道で博多駅を目指します。ホテル最寄りは無人駅の和多田駅。筑肥線ですが、姪浜からは地下鉄空港線に乗り入れています。東京とかではよくありますが、さすが大都会福岡市ということでしょうね。

太宰府ライナー

 博多駅ではまた博多バスターミナルに行き、西鉄バスの太宰府ライナーに乗ります。目的地は太宰府天満宮。イメージでは博多のすぐそばという感じだったんですが、案外遠いですね。随分前に一度来たことはあったんですが、梅ヶ枝餅しか覚えていなかった(笑)ので、再訪です。

きかぬのだ

 参道の両側には土産物屋や飲食店がたくさんあって、梅ヶ枝餅も売っていますが、それは帰りと言うことにしてまずは天満宮へ。各地のパワースポットに行ってはラオウのように「き…きかぬ きかぬのだ!!」と涙を流すのがこの夏の個人的流行なんです。遺跡や寺社があるからパワースポットになるのか、パワースポットに遺跡や寺社ができるのか、一体どちらなんでしょうかね。

太宰府天満宮

 太宰府天満宮の鳥居と楼門。天満宮は言わずと知れた菅原道真を祭る神社ですが、太宰府天満宮は京都の北野天満宮と並ぶ全国天満宮の総本社で、年間850万人以上の参詣者があるとか。菅原道真と言えば学問の神様として知られますが、オカルト方面では平将門、崇徳院と並ぶ日本三大怨霊として有名ですよね。右大臣まで昇ったものの、藤原氏の陰謀により太宰府に左遷され、この地で亡くなった道真の怨霊は猛威を振るったとされ、狼狽した朝廷はは太政大臣位を追贈し、本来は天皇・皇族をまつる神社の社号である「天満宮」を認めるなどして慰撫に努めたとか。それだけのパワーがあるならば、有効利用すればそれはそれは御利益があるだろうという発想が日本的というのかなんというか…(批判じゃないですよ)。

本殿

 こちらが本殿。造営された10世紀以後、兵火などにより数度焼失しており、現在のものは小早川隆景が1591年に竣工したものだそうです。豪壮華麗な桃山様式という訳ですね。

飛梅

 本殿前にある飛梅。太宰府に左遷される際、都の邸宅の梅を惜しんで「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と謳った道真を慕って一夜にして飛んできたという。毎年境内で一番に花が咲くそうです。そういえば昔「飛梅」という梅味の缶ジュースがありました。結構美味しかった記憶があります。子供の頃から「梅ソーダ」とか梅味のジュースが好きでした。

摂社群

 本殿裏手の摂社群。道真の血縁者(親、子、師匠など)が並んでいます。なんか摂社末社に心引かれるんですよね。もし私が神様なら(おいおい)、大親分の傍らでこんな風にひっそりと祀って貰いたいな、なんて。

本殿裏の滝

 本殿裏手右側の裏山にある「誠の滝」。小さい滝ですが、境内に滝がある神社というのも珍しいように思います。

稲荷社へ向かう階段

 太宰府天満宮の奥にはには知る人ぞ知る穴場パワースポットと言われる天開稲荷社があるということで行ってみることにします。さらに先には「鬼滅の刃」で大人気になっているんではないかと思われる竃門神社もありますが、それはかなり遠いので今回はパス(「鬼滅の刃」も見てないし)。ごく近い天開稲荷社でも結構階段を上ります。

天開稲荷社 

 鎌倉末期に稲荷神社の総本社である京都の伏見稲荷大社から勧請された九州最古の稲荷神社だそうです。干支に応じた12本の紐があり、自分の干支が書かれた鈴を鳴らしてから中央の大きな鈴を鳴らしてお参りをするという珍しいスタイルなんだそうですが、私が訪ねた時はコロナ禍のせいか紐は一本だけでした。

天開稲荷社奥の院 

 奥の院にはさらなるパワーがなんていうので、ここからどれだけ進むのかと思いきや、社殿裏手にありました。パワーを感じる人は感じるんでしょうね…としか言いようがありません。なにしろ相変わらずラオウ状態だったので。

絵馬堂

 天満宮に戻って絵馬堂。奉納された絵馬を掲げておく堂ですが、太宰府天満宮のものは1813年と結構新しいものです。

梅ヶ枝餅

 参道に戻って梅ヶ枝餅を食べます。美味しいと評判らしい店には行列が出来てたりしてますが、特にこだわりがないので空いている店でさくっと1個だけ買いました。130円でした。小豆餡を薄い餅の生地でくるみ、梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅です。由来は、左遷されて悄然としていた道真に老婆が餅を差し出し、道真の好物になり、道真の死後、老婆が餅に梅の枝を添えて墓前に供えたのが始まりだとか(他説もあり)。焼きたては熱々でとても美味しいです。

ロースかつカレー

 西鉄で博多に帰ることも考えましたが、ちょうどバスが来たので芸はありませんが、バスで博多バスターミナルへ。昼食はバスターミナル8階の飲食店街にあった「まんぷく食堂ぎおん亭」で。名物はとんてきらしいですが、デカ盛りかつカレー(1060円)をチョイスしました。多分「ゴーゴーカレー」とどちらにしようか迷った影響ですな。デカ盛りでライス550グラム。その上のメガ盛りだとなんとライス700グラムです。

晴れの国

 といった辺りで唐津紀行は終了です。今年にはいるまで私の未宿泊県としては徳島・岡山・佐賀の3県が残っていましたが、これで徳島と佐賀をクリアして残すは「晴れの国」岡山ただ1県となりました。海を隔てているとはいえ、香川からは隣県なので行こうと思えば簡単に行けるのですが、死ぬまで一度も泊まらなかった県というのが一つくらいあっても面白いかななんて思ったりもして、どうしようか考え中です。
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