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高岡旅行記①:雨晴海岸、高岡大仏と山町筋

秋の夕暮れ

 台風が上手い具合に海にそれてくれたおかげで大きな被害がなくて良かったですね。それにしても一気に秋めいた気候になりました。今年の夏は8月1日に始まり、9月18日に終わったという感じでしょうか。ただしこれは単なる「夏」ではなくて「猛暑」の日々のことなので、50日近く続けばもうお腹いっぱいです。ああ、秋は尊いですね。

富山県マップ

 先日の4連休を利用してちょっくら富山に行ってきたので今回はその話題を。実は最近「47都道府県に一泊しよう」という企画を考えつきまして。それで今までどれくらい泊まってきたかなと考えたら、出張とか研修といった仕事がらみを含めたら結構いろんな所に行っていて、42都道府県に泊まっていました。昨年高知、福井、鳥取、今年の夏に香川をクリアし、今回富山に初宿泊したことで43都道府県をクリア。残りは岡山、徳島、山口、佐賀の4県です。どこが最後まで残るんでしょうか。一つだけ残して「最後まで泊まらなかった県」というのがあってもいいかも知れません。

富山の薬屋

 富山県は比較的小さくてこじんまりとまとまった印象のある県ですが、それでも一泊二日で全容を把握できるわけもなく。今回は高岡市を中心に攻めてみました。というのも富山市は10年位前に列車の遅れで2時間位滞在せざるを得ないという事があって、薬屋とか豪農の家とかをちょっと観光したことがあったんですよ。それとぜひ雨晴海岸に行ってみたいと思っていたので。

北陸新幹線

 北陸新幹線で富山駅へ。そこから「あいの風とやま鉄道」に乗りかえて高岡駅へ。さらにJR氷見線に乗り換えて雨晴駅へ。雨晴海岸は能登半島国定公園の一部で、日本の渚百選にも選ばれています。富山湾は深くて、急に深海に落ち込んでいるので浅い海底がほとんどありませんが、雨晴海岸は富山湾では貴重な白砂青松の海岸です。

立山連峰が見える雨晴海岸
雨晴海岸

 何よりも富山湾越しに立山連峰の3,000メートル級の山々を望むことができるのが人気の理由なんですが、まだようやく暑さが収まったという時期ではこういう絶景は望むべくもなく。それでも綺麗な海岸ですけどね。

女岩

 立山連峰と一緒に望むことになる女岩だけはちゃんと見られました。周囲の小さな岩が母親とたくさんの子供のように見えることから「女岩」と呼ばれるようになったとか。

義経岩

 「雨晴(あめはらし)」の名前の由来は、源義経一行が奥州平泉へ向かう途中でこの地で雨に遭い、弁慶が岩を持ち上げたその陰で雨宿りをしたという伝説です。その雨宿りした岩が「義経岩」として残っていて、岩の上には義経神社が建立されているほか、「義経の腰掛」や「弁慶の足跡」といわれる跡が残っています。

道の駅雨晴

 義経岩と道路を挟んだ向かい側には道の駅雨晴があって、絶景を楽しめるスポットとなっています。雨晴海岸は非常に眺めの良い場所なので皆さんぜひ一度は訪れて欲しいのですが、食事処がないという致命的欠点(?)が。道の駅には一応お店がありますが、混み合っていて利用する気になれませんでした。ここを除くと自販機しか見当たりません。

雨晴駅

 じゃあ高岡駅に戻ってランチを…と思ったら、次の列車は1時間40分待ちというまさかの事態に。ローカル線と言っても一時間に一本位はあるだろうと甘く見てちゃんとチェックしていなかったのがいけないのですが、これは…。いやあ、スマホゲーが進みましたよ(笑)。スマホがなかったらえらいことでした。雨晴駅からも海は見えますが、いくら風光明媚でも100分も見ていられません。

らぁめん次元

 何とか高岡に戻って、やっと遅い昼食。富山というと富山ブラックというラーメンが有名で、駅近くの「らぁめん次元」という店に入ろうと思ったのですが、昼食時は過ぎているはずなのに待たなければ入れない状態で。腹ペコペコで待ってられないので地下街のタイショウカリーという店に変更。ラーメンがなければカレーを食べればいいじゃない。

タイショウカリー

 「お得なセットメニューNo.3」(カレーL+とろとろチーズ+メンチカツ)と角ハイボールで1500円。ラーメンとカレーは日本人の国民食ですね。どちらか選んで、選ばなかった方は二度と食べられないなんてことになったらどちらを選びますか?

高岡大仏

 カレーを食べたら3時過ぎ。正直ホテルにチェックインしてひとっ風呂浴びて「カイジ豪遊ごっこ」をしたくなったのですが、雨晴海岸だけで市内を全然観光しないのもいかがなものかと、近場にある高岡大仏に向かいました。大仏は露天で設置されており、台座の内部にも無料で入れます。奈良の大仏、鎌倉大仏に並ぶ日本三大仏なんだそうですが…実は建造されてまだ100年も経っていません。

牛久大仏

 大きさだけでいうなら我が筑波嶺には牛久大仏というのがあってですね。「グラップラー刃牙」の「全選手入場」風に言えば「デカァァァァァいッ説明不要!!120メートル!!!4000トン!!!牛久大仏だ!!!」…ということになるんですが、立っているあたりが反則かも知れません。しかし座らせたって絶対奈良の大仏より大きいはず。

土蔵造りのまち資料館

 大仏のそばには山町筋というのがあって、伝統的建造物が数多く残っているということなので、4時近くになっていましたが足を伸ばしてみました。高岡では1900(明治33)年に大火災があって、市街の6割が焼失したそうですが、山町筋では土蔵造りの家屋が焼け残ったことから、周辺の建物は土蔵造りで再建されたということです。「高岡市土蔵造りのまち資料館(旧室崎家住宅)」では、土蔵造りの商家を一般公開していました。

菅野家住宅
旧富山銀行

 他にも重要文化財に指定されている菅野家住宅や、赤レンガの旧富山銀行本店などがあります。銀行はなんか東京駅に似ているなと思ったら、東京駅を設計した辰野金吾が監修したそうです。

7基の御車山

 山町筋では毎年5月1日に高岡御車山祭が開催され、7基の御車山(みくるまやま)が優雅な囃子とともに旧市街を巡行するそうですが、その御車山を展示し、祭礼及び山町の由緒と歴史を辿ることができるのが、高岡御山車山会館。

御車山会館

 内部では7基の山車の内の1基と、展示用に制作された実物大レプリカ 「平成の御車山」1基が常設展示されています。233インチ大型4Kスクリーンシアターでは祭礼の様子を紹介する映像も上映されますが、なんと私一人のために上映してくれました。42席もあるシアターで一人で座っているというのはなんとも贅沢というか申し訳ないというか。

御車山巡行

 映像で見るだけでも華やかかつ雅な祭礼であることは判りましたが、今年は新型コロナ禍で開催されなかったそうです。来年は開催できるといいですね。

ルートイン高岡駅前

 さて5時を過ぎてホテル着。今宵のホテルは駅前の「ルートイン高岡駅前」。2017年3月にオープンしたまだ新しいホテルです。GoToトラベルキャンペーンなどのおかげで安く泊まれましたが、もともととってもコストパフォーマンスの良いビジネスホテルです。高層階のコンフォートフロアに泊まっちゃいました。

ルートイン高岡駅前大浴場

 そして最近はまっている大浴場。下田のホテルマルセイユには残念ながらなかったけど、高松のドーミーインでもお世話になりました。涼しくなって風呂がまた快適になってきたので、朝も入ってしまいました。

コンフォートルーム

 例の如く一人で「カイジ豪遊ごっこ」を繰り広げたのですが、今回スーパーに行ったのが遅かったせいか惣菜が少なくて、「豪遊」史上もっとも質素だったと思います。でもその分ホテルの自販機で酒を買い足したりして、飲む方は史上最多になってしまったような。でも二日酔いはしないのだ。二日目は明日の記事で。

カイジ豪遊
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下田旅行記②:下田観光と石廊崎

残暑ネコ

 台風10号は相変わらず北に一直線ルート。おかげでコースから外れた筑波嶺ですが、影響はないわけではなく、雨が断続的に降っています。天気が良くないせいで暑さは一段落ですが、まだまだ秋の長雨という感じではないですね。本格的な秋はいつ来るのやら。

寝姿山ロープウェイ

 昨日の続きで下田旅行の話です。サフィール踊り子に乗るのは主目的とはいえ、せっかく下田まで来たのに乗ってきた列車で帰るのはあんまりなので、一泊していくことにしました。

ロープウェイ乗り場

 まず向かったのは寝姿山ロープウェイ。乗り場は駅のそばです。寝姿山には以前行っているのですが、もう10年ぐらい前なのでもう一度行ってみようかと。

寝姿山

 山容が仰向けに寝ている女性の姿に似ているということで寝姿山という名前が付いたそうですが、ロープウェイに乗ったらすぐに山頂に到着します。山頂からは下田市街に下田港、伊豆七島が一望。大島はもちろんのこと、利島、式根島、神津島、新島、鵜渡根島、三宅島まで見ることが出来ます。これで一応七島ですが、下田から見える島=伊豆七島という訳ではないようです。

愛染堂
黒船見張所

 寝姿山には展望台のほか、愛染堂、石割楠、黒船見張所跡、ハーブ園などがあります。

ペリーの下田上陸

 下界に降りたら、ペリーロードに向かうことにします。1854年に日米下田条約締結に向かうペリーが、300人の部下を引き連れ下田港から了仙寺まで行進した約400メートルの道のりがペリーロードと呼ばれています。

宝福寺

 その途中には坂本龍馬と唐人お吉に縁のある宝福寺。龍馬の場合は、勝海舟が宝福寺に投宿していた山内容堂と会見して脱藩の罪を許してもらったというエピソードがあり、唐人お吉については墓があります。たった三日でハリスの下から帰されたのに後生の小説・映画といったフィクションのせいでことさら悲劇の人物にされてしまった観がありますが、そのおかげ(?)で宝福寺には唐人お吉記念館があったりします。

欠乏所跡

 欠乏所跡。日米和親条約に基づいて下田が開港された後、入港してくる外国船の乗組員たちに薪・水・食料などの「欠乏品」を提供する拠点として使われたのが「欠乏所」ですが、欠乏品=相手が持っていないものという拡大解釈が行われ、事実上の貿易が始まりました。商人のしたたかさを感じますが、しっかり税を取っていた幕府もなかなか…。現在は民家風のカフェになっています。

了仙寺

 了仙寺。日米和親条約の付属条約、下田条約が締結された場で、黒船ミュージアムが併設されています。

ペリーロード1
ペリーロード2

 そしてペリーロード。石倉やなまこ壁の町並みが残る風情のある川沿いの小径です。ペリー云々は抜きにしても良い感じの通りです。

下田グランドホテル

 ペリーロードから下田公園内にある下田グランドホテルの廃墟の姿が。幼少の頃、家族旅行でここに泊まった記憶があるのですが、廃墟としてなお残っていたとは。

下田海中水族館
下田湾クルーズ

 下田公園を抜けると下田海中水族館。また下田港内めぐりをする黒船風の遊覧船もありますが、ちょっと前にどちらも体験したので今回はパス。下田海中水族館は特に特にお勧めです。次から次へとイベントが開催されるので楽しいです。

ホテルマルセイユ

 宿泊は駅前のホテルマルセイユ。下田は観光地だし温泉が出るのでリゾートホテルや旅館ばかりなのですが、例によってビジホを選択しました。ここはビジホという訳ではないかも知れませんが、駅のそばだしすぐそばにスーパーもあるので便利です。大浴場があればな…なんて欲張ったことを思ったりもしましたが、真夏のように暑かったのでなきゃないで。夜は例によって「キンキンに冷えてやがる!」と「カイジ豪遊ごっこ」にいそしみました。

石廊崎行きのバス

 翌日。まだ行ったことがなかった伊豆半島最南端の石廊崎に行ってみます。タクシーで豪遊した頃もありましたが(確か…さ、佐渡…うっ、頭が…)、駅前から出る路線バスで行きます。路線バスだけど片道1020円もかかってしまいますが、綺麗な海や海岸を見られるので元は取れるような。

石廊崎オーシャンパーク
ジャングルパーク廃墟

 石廊崎。かつては「石廊崎ジャングルパーク」という植物のテーマパークがありましたが、2003年に閉園し、廃墟となっていましたが、2019年に「石廊崎オーシャンパーク」として開園されています。

石廊崎灯台

 岬の先端付近には石廊崎灯台。「日本の灯台50選」にも選ばれている中型灯台です。石廊崎は古来航海の難所だったということで、灯台設置は1871(明治4)年と早く、日本では10番目に古い洋式灯台でした。現在の灯台は二代目。ここが岬の突端のように思えますが、まだ下に降りる階段があり…

石室神社

 灯台の先にある石室(いろう)神社。社殿は海岸の岩窟上に立てられています。

石室神社の帆柱

 社殿の下には千石船の帆柱があり、一部ガラス張りになっていて見ることが出来ます。海面に近づいたとはいってもなお30メートル以上はあり、どうしてこんな断崖絶壁に帆柱があるのか。伝説によると、石廊崎沖で嵐に遭った千石船が、帆柱を石廊権現に奉納すると誓って祈ったところ、無事に江戸に到着することができましたが、帆柱奉納のことをすっかり忘れていた帰路、何故か石廊崎の沖で船が進まなくなり、天候が急変して暴風雨となりました。誓いを思い出した船主が千石船の帆柱を斧で切り倒すと、帆柱はひとりでに波に乗り、断崖絶壁を石廊権現の社殿あたりまで、まるで供えたかのように打ち上げられ、同時に暴風雨も鎮まったそうですが、神様はそんなに帆柱が欲しかったんかい(笑)。「石廊崎権現の帆柱」として伊豆七不思議の一つに数えられています。

熊野神社

 ここが最先端かと思いきや、なお先があります。50メートルほど先に進むと熊野神社が。ここが最突端。こちらは縁結びに御利益があるとされており、恋人達のパワースポットになっているとか。神社というよりは祠で、石室神社には人がいるけどこちらは無人です。

熊野神社の祠

 神社とか伝説より、とにかく海と海岸が素晴らしですね。石廊崎は日本最南端でも本州最南端でもないのですが、そう言われたら信じてしまいそうに雰囲気があります。私は乗りませんでしたが石廊崎岬めぐりの遊覧船も出ています。 

空から見た石廊崎
石廊崎遊覧船

下田旅行記①:サフィール踊り子のプレミアムグリーンに乗りました

台風10号の予想進路

 9月に入りましたが相変わらず暑い日が続いていますね。大型で非常に強い台風10号も恐いですね。いつもだと台風はシュート回転するかのように日本列島を縦断するようなコースを取ってくるのですが、今年は先日の台風9号といい今回の10号といい、比較的ストレートに北上していくような。おかげで筑波嶺方面は比較的心配がないのですが、台風の予想コース上の方々にはお見舞い申し上げます。特に熊本は7月に豪雨の水害があってまた台風が来るのではたまったものではないですね。

伊豆イラストマップ

 先日下田に行ってきたので本日はその話題を。佐渡や高松に比べると近場ですが、伊豆は首都圏に近いのですが、下田と含む南伊豆エリアは妙に南国っぽい独特の雰囲気がありますね。首都圏から近い観光地なのでこれまでに何度も訪れたことがあり、下田だけでも5~6度は訪れているのですが、ブログに書くのは今回初めてですね。

サフィールイメージ

 何度も訪れた下田に今更どうして、と問われるならば、新型特急に乗りたかったから、と答えることになります。そう、「乗り鉄」の気があるんですよワタシ。本年3月にデビューした「サフィール踊り子」。「サフィール(Saphir)」はサファイアを意味するフランス語だそうで、「青く美しい伊豆の海と空」をイメージしているのだとか。あえてフランス語を使うあたりがすかしているというか何というか。

スーパービュー踊り子

 それまでは「スーパービュー踊り子」が走っていました。1990年デビューということで30年も走っていたんですね。JR初のリゾート仕様のデザインは、今見ても古さを感じさせませんが、さすがに30年も使っていたのなら替え時と言わざるを得ないですね。

サフィール踊り子

 「スーパービュー踊り子」はグリーン席から埋まっていくと言われましたが、それならばと全席グリーンにしてしまったのが「サフィール踊り子」。通常のグリーン席とグリーン個室(4人用と6人用)の他、プレミアムグリーン席が設定されました。

新幹線のグランクラス

 グリーン席を超えるグレードの席といえば、東北・北海道新幹線及び北陸新幹線に設定されたグランクラスがありますが、プレミアムグリーンとはいかなるものなのか。千反田える並に「私、気になります!」となったので、どうせ乗るならプレミアムグリーン!と決意したのですが、意外な落とし穴が。

みどりの窓口

 私は通常「えきねっと」などネット予約サービスで席を予約するのですが、プレミアムグリーン席はどういうわけか「えきねっと」で予約ができないのです。じゃあどうすればいいのかと言えば、駅の「みどりの窓口」か指定席券売機で購入するしかないんですね。「えきねっと」が利用できない理由は不明ですが。さらにグリーン個室になると「みどりの窓口」でしか買えないという。

指定席券売機

 弱冠理不尽さを感じつつも、駅は毎日のように利用するので特に問題なく指定席券売機でプレミアムグリーン席を購入できました。さて、当時は東京駅11時発です。ということは昼食が必要ということで、東京駅地下のグランスタに向かいました。

駅弁屋祭

 東京駅で駅弁を買うということになると、「駅弁屋祭」あたりがポピュラーかと思います。私も何度となく利用していますし、全国各地の有名駅弁や人気駅弁が買えるので大人気です。しかし、弱冠高いのですよね。たまの旅行、駅弁にもちょっと張り込もうかという乗客の心理を巧妙に突いているのでしょう。もちろんそれで全く問題ないのですが、私は最近グランスタで弁当を物色するのが好きになっていて。

グランスタ

 グランスタは8時開店なので、遠距離に旅立つ場合はまだ開いていない場合も多くて、そういう場合は駅弁屋一択なんですが、8時を回っていたらとりあえずグランスタに行きます。お店が沢山遭って品数豊富ということもありますが、駅弁屋より弱冠安いんですよね。もちろん種類によっては駅弁屋の駅弁と同じくらいだったりもっと高いもの弁当もあるのですが、三桁の弁当があるというところが決定的な差。プレミアムグリーンに乗ろうというわりには非情にセコい話をしていますが、全方位に贅沢できるほどの財力がないもので(笑)。

ごちそう海苔弁当

 で、購入したのがまい泉の「ごちそう海苔弁当」999円。ギリ1000円を切っているあたりが泣かせますが、袋が有料になったので結局トータルでは4桁になってしまうという。スーパーやコンビニはいざ知らず、これから旅立つという時に弁当屋で袋なしで弁当を買うというのはあまりにも…駅の弁当屋は例外で無料にしてもいいんじゃないですかね?

サフィール踊り子
プレミアムグリーンのマーク

 さてサフィール踊り子です。プレミアムグリーンは1号車。下田に向かう際は先頭ですが、東京に向かう際は最後尾になります。座席は2席×10列で車両定員は20人。カウルに覆われた座席は電動リクライニングで、倒しても後席に影響は出ません。フットレストも出ます。

プレミアムグリーンその2

 しかし…新幹線のグランクラスと比べるとどうかというと、明らかにグランクラス>プレミアムグリーンですね。リクライニングの角度が全然違います。ま、東京から下田まで乗っても2時間半強程度なのでそんなに疲れはしないのですが。

プレミアムグリーン

 あとカウル。妙に光沢があるので、前席のカウルにきもいおっさんの姿が映って快適性に悪影響が。これは人によってはイケメンとか美女が映るので何ら問題ないということになるかも知れませんが、マットに仕上げた方が良かったと思います。それとリクライニングするとカウルが邪魔で外が見にくいのと、二人で隣同士に座った場合も会話がしにくそうです。

2列で通路

 じゃあ他人同士ならいいのかというと、距離感が微妙で。また席の間隔があんまり広くないので、窓際の席から通路に出ようとする場合通路側の席の人のフットレストはとっても邪魔になります。二席の中央を通路にするか、もっと座席の間隔を広くすれば良かったと思います。

外が見にくい席

 あと窓。リゾート列車だし伊豆の海や伊豆七島を見るというのが楽しみの一つだと思いますが、座席によっては妙に窓の面積が狭いです。新幹線ならともかく、リゾート特急で外が見にくい席があるというのはいただけません。私が座った5Aは眺望という点ではかなり駄目な席でした。しかもカウルが邪魔をするので、リクライニングすると余計に見づらくなります。しかし帰りも5Aに乗ったのですが、上りになって座席が反転したらあら不思議、やたらに眺望のいい席に変身していました。窓と、窓と窓の間のピラーの位置をもっと考慮に入れた座席配置をするべきだったんじゃないかと思います。

サフィールのグリーン車

 結論。グリーン席でいいと思います。2+1の三席配置ですが、一人席に座ればプレミアムグリーン席と遜色ないような。一人席は山側になるので海は見にくいかも知れませんが、プレミアムグリーン席の窓際でも席によっては見づらいから(笑)。

駅から湯煙

 あとこれはサフィールに限った話ではありませんが、風景が良くなるのはほぼ熱海以降。なので乗車時間にしてほぼ半分の熱海で降りると車窓的には極めて残念なことになります。もちろん熱海は熱海で楽しいと思いますが、せっかくサフィールに乗るなら最低伊東駅までは行きたいところではないかと思います。熱海に行くなら新幹線で。速いし。個人的には駅からも湯煙が見える熱川駅までは乗って貰いたいところです。

高松旅行記②:私の「屋島作戦」

処暑の候

 昨日処暑を過ぎましたが、朝夕はちょっと過ごしやすくなってきた気がします。気候よりも時の移ろいを明確に示しているのは日の入りで、夕方の気配がだんだん早まってきました。早く涼しくならないかなと思いますが、夏が過ぎ去るのを感じるのも寂しいものです。

金刀比羅宮の階段
敗北をプレゼントしよう

 さて昨日の続きで高松旅行記です。二日目は屋島へ。当初は金刀比羅宮を考えていたのですが、この猛暑の中、800段近い階段を上り下りするのは敗北を知りたい最凶死刑囚くらいだとある人から忠告されまして。

死ぬわアイツ

 階段は好きな方なんですが、とにかく今年一番クラスの猛暑。無理に挑んでも多分こんな風にディスられるのがオチですね。ということで日和って行き先を変更しました。

屋島

 屋島はその名のとおりかつては島でしたが、現在は浅い海が埋め立てられて陸続きになっています。屋根のような形状から屋島と名付けられました。周辺は風化に弱い花崗岩ですが、屋島は安山岩に覆われていて大地として残ったようです。

ことでん志度線

 ホテルからは瓦町駅まで歩いて高松琴平電気鉄道(通称ことでん)の志度線に乗って琴電屋島駅へ。駅を出るとすぐそばに屋島山上行きのことでんバス屋島山上線のバスが待っていました。もちろん徒歩で上ることも可能なんですが、屋島は一番高いところで292メートルあり、山上まで登ったら金刀比羅宮行きとあまり変わらない気がしたので、ここは文明の利器を使わせて貰いましょう。
ことでんバス

 シャトルバスは100円で、屋島スカイウェイを登っていきます。以前は有料道路だったそうですが、2017年7月に無料化されました。

屋島寺 

 山上でまず向かったのは屋島寺。京都の仁和寺を総本山とする真言宗御室派の寺院で、四国八十八箇所霊場の第八十四番札所でもあります。奈良時代の開創ですが、弘法大師空海が場所の屋島の北嶺から南嶺に移したそうです。国有林を除くと、屋島山上の敷地のほとんどは屋島寺が所有しているそうです。

瑠璃宝の池

 敷地には「瑠璃宝の池」という池がありますが、別名はなんと「血の池」。源平合戦の武士たちが血の付いた刀を洗ったことからそう呼ばれるようになったそうです。今は全く血の色はありません。

芭蕉の句碑

 境内には芭蕉の「夏艸やつはものどもの夢の跡」という句碑がありましたが、これって平泉で詠んだ句では…。屋島も古戦場だからということでしょうか。

屋島の戦い

 屋島といえば有名なのが治承・寿永の乱、いわゆる源平合戦の戦いの一つ、屋島の戦いですね。1185年3月、源義経は小勢で四国に渡り、陸側から強襲しました。周辺の民家に火をかけて大軍の襲来と見せかけたこともあり、海上からの攻撃のみを予想していた平氏軍は狼狽し、船で海上へ逃げ出します。その後源氏側が小勢であることを知った平氏側は船上から反撃を行い、激しい矢合戦となりました。

那須与一

 夕刻になり休戦状態となった時、平氏側から美女の乗った小舟が現れ、竿の先の扇の的を射よと挑発してきたのに対し、下野国の武士・那須与一が見事射貫き、両軍が賛嘆したという風流というか悠長というかというエピソードは有名ですね。

ヤシマ作戦

 ちなみに「新世紀エヴァンゲリオン」第六話「決戦、新第3東京市」で第5使徒ラミエルを撃破するべく行われた「ヤシマ作戦」の名前は、作戦が超長距離狙撃であったことから、屋島の戦いの上記エピソードを由来としています。

壇ノ浦の戦い
衣川の戦い

 屋島の陥落により、平氏は四国における拠点を失い、その頃既に九州は義経の兄・範頼の大軍が制圧していたため、平氏は孤立してしまいます。そして義経は水軍を編成し、最後の決戦である壇ノ浦の戦いに臨むことになります。見事平氏を滅亡させたヒーロー・義経も、数年後には奥州・衣川で没することになりますが、それはまた別のお話。

深屋島水族館

 猛暑にめげつつ、周辺を散策。新屋島水族館がありました。海はすぐそばとはいえ、標高約300mの山上にあるという珍しい水族館です。館内は涼しいかも…とそそられましたが、おっさんが一人で水族館というもどうかと(いや、全然問題ないんですけどNE!)思ってパス。

談古嶺からの眺め

 屋島の戦いの舞台を眼下に望める談古嶺展望台。小豆島、五剣山なども一望できる屋島三大展望台の一つです。明治30(1897)年に源平の武士達を偲んで命名されたというので、そんなに古いものではありません。

ホテル甚五郎

 ヒャッハーな輩に壊された旅館(ホテル甚五郎)がありました。おそらくヒャッハーが襲撃してこうなったのではなく、つぶれた後にヒャッハーが来たのだと思いますが。後で調べたら2002年倒産ということで、結構年季が入っていました。廃墟ホテルとして結構有名なんだそうです。心霊スポットという噂もありますが、何しろ暑くてヘロヘロだったので何も感じず通り過ぎました。

四国村

 再びバスに乗って麓にある四国村へ。日本の江戸時代から明治時代の民家を中心とする古建築をテーマとする博物館で、1976年開館。とにかく敷地が広大で、ほぼ全ての建造物が文化財の指定・登録を受けているそうです。料金は千円。

かずら橋

 ヘロヘロついでに中を歩きますが、入り口のかずら橋(吊り橋)でめげてしまいました。手すりはあるので下には落ちないにしても、足がずぼっとはまりそうで。7,8歩進んで転進しましたが、迂回路があるので平気です。

河野家住宅

 いろんな古民家を見て回りますが、スズメバチらしき大型の蜂が威嚇するように飛んできたりしてビビりまくりました。暑さもあって全部は見きれませんでしたが、7,8割方は見ましたかね。

風鈴飾り

 琴電屋島駅と屋島山上を結ぶバスは四国村にも停まるのですが、屋島駅からだと歩いても数分という距離なので、利用者はもっぱら山上から降りてきた人でしょう。敷地が広いせいか、コロナウイルスのせいか、とにかく人気が少ないです。高松が全般的に人気が少なかった気もしますが(笑)。

一鶴

 昼時を過ぎたので昼食。昨日に続いて讃岐うどんでもいいのですが、骨付鳥も高松名物なんだそうです。知人にお勧めされた一鶴という店が琴電屋島駅のすぐそばにあったので入ってみました。本店は丸亀で、創業1952年、以来骨付鳥一筋だそうです。

骨付鶏にとりめし

 鶏もも肉をまるごと一本、独自のスパイスで味付けして蒸し焼きにしています。“おやどり”と“ひなどり”が選べますが、ここは大きめなおやどりを選び、炊き込みご飯のとりめしも注文。そして生ビールと、一鶴推奨三点セット。豪快にかぶりつくのが正しい食べ方だということで、やらせていただきました。大変美味しいですが、初々しいカップルの初デートには向かないかも知れません(笑)。骨付鳥にかぶりつく姿を見せ合ってこそ本物なんでしょうけどね。

高松市遠景

 高松、いいじゃないですか。次に来るときは夏以外にして、今度こそ金刀比羅宮を訪ねたいですが、讃岐うどんと骨付鳥はまた味わいたいですね。

高松旅行記①:玉藻公園と栗林公園

土砂降り

 昼前に土砂降りに見舞われた筑波嶺です。暑さは一段落しましたが湿気が凄くて、あの長かった梅雨が戻ってきたようです。猛暑も辛いけど梅雨もなあ。速いところ秋の長雨モードに移行して貰いたいものです。

あたいの夏休み

 さて35年近く前に中島みゆき出した「あたいの夏休み」というシングルに“やっと三日貰えるのが夏休み”というくだりがありましたが、私もやっと貰った三日の夏休みで高松に行ってきましたので本日はその件を。

マリンライナー

 高松なら大阪勤務中に行けば近かったのですが、近いが故にイマイチそそられず、代わりに高知に行ったりしていました。在来線特急とか乗りたいんですよね。新幹線で岡山まで行って、快速マリンライナーに乗り換えて高松。岡山-高松間は一時間足らずなので、両都市は通勤も可能ですね。

高松駅

 高松駅は近代的に整備されています。愛称は「さぬき高松うどん駅」。香川県の愛称(?)は「うどん県」だそうですが、本当に讃岐うどんが好きみたいですね。美味いことでは定評のある讃岐うどん、私も早速食べてみました。

岡じま
温玉肉うどん

 お店は「岡じま」。温玉肉ぶっかけうどん(冷)で、カボチャの天ぷらとメンチカツ、さらに半熟卵の天ぷらをトッピングしたりして。卵二つって何だ(笑)。某板○英○の生き霊にでも取り憑かれたのか…いやいやあの人が好きなのはゆで卵。私のはどちらも半熟なのでちょっと違いますから。讃岐うどんはとにかく「コシ」ですね。

玉藻公園

 その後まず向かったのは高松城跡。現在は市の所有で「玉藻公園」となっています。城跡というのは公園となって市民の憩いの場と化している例が多いですが、玉藻公園は200円とはいえ有料なのでそんなに人がいません。

月見櫓

 現在は天守閣がなく、櫓としては月見櫓、艮(うしとら)櫓、渡櫓が残っていて重文指定されています。艮櫓はその名の通り城の縄張りの丑寅(北東)にあったのですが、現在は南東に移されています。じゃあ辰巳櫓に改名しろとツッコみたくなりますね。

披雲閣

 大正時代になって殿様だった松平家が建てた「披雲閣」も重文指定されています。別邸だそうですが、建築面積1,916平方メートルで本邸でもおかしくない規模です。武士の商法とか言って明治になって没落した士族が多い中、さすがに殿様は没落しないのでしょうか。

濠の鯛

 高松駅のすぐそばという抜群の立地、濠にに海水が引き込まれ、城内に直接軍船が出入りできる海城という日本では珍しい城郭であるということで、高松を訪れた観光客はほぼ必ず来るんではないかと思います。濠には黒鯛などが泳いでいて、エサをやることができます。江戸時代も殿様が食べる鯛は濠から獲ってたりして。

栗林公園入り口

 続いて向かったのは栗林公園。国の特別名勝に指定されている回遊式の大名庭園(日本庭園)です。江戸時代の庭園といえば三名園(偕楽園、兼六園、後楽園)が有名ですが、栗林公園は三名園に勝るとも劣らぬ名園とされています。

栗林公園全体図

 16世紀後半、地元の豪族佐藤氏によって作られた庭園が基礎となり、その後生駒氏から松平氏に藩主が変わり、1745年に庭園が完成しました。2009年に「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で最高評価の三つ星を獲得しています。

栗林公園

 6つの池と13の築山を配し、紫雲山を借景にしており、面積は約75haと国内最大の広さの庭園です。季節が良かったら隅々まで歩いていきたいところでしたが、この日はとにかく暑くて。玉藻公園で既にへろへろだったので、栗林公園は半分くらいしか見られませんでした。

栗林公園の錦鯉

 こちらの池には錦鯉がたくさん。玉藻公園で鯛にエサをやったので、こちらもやらんとと思って暑いのを我慢してエサをばらまきました。食べれば鯛の方が美味いのでしょうが、餌付けはやはり鯉の方が面白いですね。人面魚みたいなのもいたりして。

高松中央公園前

 お宿はドーミーイン。高松には二つもドーミーインがあるのですが、私は高松中央公園前の方を選びました。ドイーミーインといえば大浴場ですが、ここは露天風呂やサウナもついている豪華版です。とにかく暑かったので露天風呂にさっくりと入っただけでしたが、夏以外の季節ならもっとじっくり堪能できたのに。部屋にもシャワーブースがあって、夏場はこれだけでも十分です。

高松中央公園前の朝食

 コロナウイルス対策で、バイキングが変則になっていえ、全て小皿に盛られてラップに包まれていたので、やたらかさばりましたが、味の方は結構でした。朝カレーや天ぷらもあり、讃岐うどんもありました。二日目に続きます。

佐渡旅行記②:佐渡と言えばやはり金山

豪雨

 今年の梅雨は長いですね。梅雨明けは8月にずれ込むとの見方もあるようです。梅雨明け前は豪雨になりやすいそうですが、今朝も豪雨で目が覚めました。慌てて窓を閉める午前4時過ぎ。

本来の朝食

 さて昨日の続きで佐渡旅行記のその2です。たびのホテル佐渡の朝食は本来バイキングだそうですが、コロナ禍のせいで店員さんがおかずを色々載せたお盆を持ってきてくれます。ご飯味噌汁はおかわりOKだそうですが、おかずがたっぷりなので十分でした。まあ好きな物をたっぷり取れるバイキングの方が好きではありますけどね。

佐渡総合病院

 昨日はレインメーカーとなってタクシーを使いまくったのですが、カイジの如く一夜明けて豪遊を反省しました。本日は路線バスで佐渡金山に向かうことにします。乗り場はホテル近くの佐渡総合病院にありました。佐渡初のコロナウイルス患者が入院しているそうです。

新潟交通佐渡のバス

 新潟交通佐渡の本線で佐渡金山前まで。全ての便がダイレクトで金山に行けるわけではないようですが、約1時間かけて金山着。途中「きらりうむ佐渡」「相川博物館前」「佐渡版画村」など、心引かれるような名前の停車場もあったのですが、なにはともあれ佐渡金山。

佐渡金山入り口

 佐渡金山のイメージといえば、江戸の無宿者を捕まえて無理矢理佐渡に送り、鉱山で死ぬまでこき使われるというものでしたが、これは見せしめの意味合いが強かったそうで、実際には普通の労働者の方が圧倒的に多かったようです。給与水準が高かったので農家の次男三男などが働いたほか、女性や子供にも専門の仕事がありました。そのため、周辺の町は大変栄えたようです。

お得な共通券

 個人での見学は江戸時代の宗太夫坑と明治時代の道遊坑。料金はそれぞれ900円ですが、セットだと1400円とお得になります。初めて来て二度来るかどうかわからないのなら、セット一択というものです。

人形による再現

 宗大夫坑は江戸初期に開発された坑道・採掘跡で、人形が採掘作業を再現しています。暗い鉱山内での仕事はきつそうですし、「酒が飲みたい、馴染みの女に会いたい」なんてぼやいている人形もいましたが、専門技術者も多く、彼らへの待遇は決して悪いものではなく、我慢して働けば実入りはしっかりあったようなので、カイジの地下帝国強制労働施設とは全然違います。

新鉱脈発見のお祝い

 坑道内の気温は年間を通じて約10度前後ということで、涼しいというよりは寒いくらいですが、暑い中働くくらいならこれくらいの気温の中で働いた方が楽な気もします。今と違って電気がないから灯りとか換気の問題はあったでしょうが。

動遊坑

 もう一つは道遊坑は明治期に開削され、平成の休山時まで使用された坑道で、トロッコや機械類がそのままの姿で保存されています。

動遊の割戸

 元々は最初期の採掘地とされ、当時は露天掘りをされていました。金脈を掘り進むうちに山がV字に割れたような姿になっており、「動遊の割戸」と呼ばれています。明治以降はこの割戸の下で大規模な開発が行われました。

必ず通る売店

 宗太夫坑を見てから入り口に戻って動遊坑を見るという形になっていますが、どちらも終点は同じ売店に接続しているという資本主義の罠が(笑)。もう閉山したというのに金製品が多く売られています。

金の延べ棒

 そうそう、資料館には金の延べ棒があって、30秒の間に小さな穴から取り出してみようというチャレンジ企画となっていますが、重いのなんの。6000万円以上の価値とはいえ、12キロの重さは持ち運びに不便極まりないですね。時代劇では千両箱を肩にかついで屋根伝いに飛び移る盗賊の図なんてよく出てきますが、重さは20kg以上になることもあるんだそうで、実際にはとても無理だろうと思います。

割戸遠景

 二つの坑道を見た上に、動遊の割戸を見に行ったりしたらそれなりの時間がかかってしまいました。やはり逆レインメーカーとして路線バスに拘るわけですが、金山から両津港にはダイレクトに行けず、相川バスステーションで乗り換え。乗り換え時間が30分もあり、両津港に着いたらジェットホイルの出発まであまり時間がないことが判明。「食事処よろこんで」再訪の夢は露と消え、待ち時間に近くのスーパーで惣菜パンを買って昼食としました。

割戸アップ

 そして帰りもあまり面白くないジェットホイル、新幹線、在来線を乗り継いで、筑波嶺に帰還。大した旅をしていないなあと自分でも思いますが、日常生活を離れて普段乗らない乗り物に乗り、普段行かない場所に行き、いつもと違う所に泊まるだけで“旅”という感じを味わえるので(個人の感想です)、きままな旅というのはたまに行かないといけませんね。

金山施設の廃墟

佐渡旅行記①:宿根木のレインメーカーにおれはなる?

不安の東京

 新型コロナウイルス禍、都内の感染者が空前の300人超ということで、全く収まる気配が見えませんね。この四連休も都内では極力ステイホームが呼びかけられていましたが、1ヶ月前に予約してしまったこともあって、5ヶ月ぶりの旅に出かけてしまいました。都民じゃないので勘弁してつかあさい。

上越新幹線

 とはいえ佐渡に行くためには一度東京に行かなければならない(筑波嶺からだと、どこに行くにも大抵東京に行かなければならないのですが)ということで、上野を気分的にダッシュで通過して上越新幹線で新潟へ。新幹線は旅情が感じられないとか情緒がないとか散々言っていますが、やはり早いので使わない訳にはいきません。

タルタルチキン弁当

 というか、新幹線に乗って弁当食べて酒を呷っているだけで十分旅の気分は出るんですよね。朝早く出たので朝食ということになりましたが、今回選んだのは塚田農場の「特製チキン南蛮弁当」。2015年に「唐揚げグランプリ」金賞受賞、2016年に「惣菜・べんとうグランプリ」金賞受賞という名品です。チキン南蛮はそのままでも十分美味しいのですが、付属のタルタルソースが意外にもとても美味しくて、もっとつけてくれればと思いました。調べたら、タルタルソースを2倍にした「タルだく若鶏のチキン南蛮弁当」もあるそうなので、そう思ったのは私だけではなかったんですね。

定番レモン

 久しぶりの酒だぜということで、朝っぱらから檸檬堂の「定番レモン」とサントリーの「こだわり酒場のレモンサワー」を買ってしまいました。「こだわり酒場のレモンサワー」は、去年の夏に飲んだらとっても美味しかったので贔屓にしているのですが、今回は檸檬堂の方が美味しく感じました。レモンサワーがブームのせいか、各社様々な新製品を投入しているようです。正直レモンサワーなんて何飲んでもおんなじようなものだろうと思っていましたが、飲み比べると全然違いますね。

すいせい

 そして新潟港からは佐渡汽船のジェットフォイルに乗って佐渡・両津港へ。ジェットフォイル、初めて乗りました。ボーイング社が設計し。川崎重工業がライセンス生産した水上ジェット機で、いわゆる水中翼船です。昔のイメージでは、水中翼船は高速航行時に水中翼の一部が水面上に出るものと思っていましたが、そういう半没翼型水中翼船は既に過去の遺物となっており、現在は水中翼の全てが水面下にある全没翼型水中翼船が主流になっているそうです。

すいせいの勇姿

 停止時や低速航行では通常の船と同様に船体の浮力で浮いて航行しますが、速度が上がると翼に揚力が発生し、しだいに船体が浮上し離水、最終的には翼だけで航行する、「翼走」という状態になり、「テイクオフ」と呼ばれています。ジェットホイルが高速航行しているのを見ると格好いいのですが、実際に乗っているとイマイチ高速感が感じられません。

速きこと、島風の如し

 最高速度は46ノット(時速約85キロ)。「艦これ」で最速駆逐艦として名を馳せ、“速きこと島風の如く”と威張っている島風の最高速度が過負荷全力公試で40.9ノット(時速約76キロ)なので、島風をもぶっちぎる速度ということになります。私が乗ったのは「すいせい」。艦爆みたいな名前ですが、陸攻みたいな名前の「ぎんが」もありました。乗船中はシートベルト装着など、ジェット機に乗るときと同じ感覚でした。飛行機嫌い、列車好きの私としてはあんまり好きな乗り物ではないかも知れません。

食事処よろこんで

 佐渡到着後、両津港のターミナル内にある「食事処よろこんで」で中生とユーリンチー定食。なんで佐渡まで来て油淋鶏なんだと自分でも思いましたが、メニューを見た瞬間ビビビッと来たので(松田聖子か)。油淋鶏も大皿でしたが、付け合わせにブリの中落ちとかアラ煮が付いていてボリューム満点でした。正直大して期待していなかったせいもあって大満足で、明日も来て別なメニューを頼もうと心に誓ったのですが…

佐渡島図

 今回佐渡に来たのは、特に大きな理由があった訳ではなく、単に来たことがなかったからです。一昨年あたりに47都道府県の全て足跡を残したいと思い始め、とりあえず一泊したら足跡を残したことにするというマイルールも密かに制定したのです。新潟はとっくに出張で泊まったことがあったので、律令国としては佐渡国として越後国とは別の国だった佐渡に行ってみようと。しかし律令国はうかつに持ち出せませんね。例えば千葉でも安房、下総、上総と三国もあったし、一昨年に鹿児島に行ったけど、薩摩国と大隅国があるぞとか。福島、宮城、岩手、青森が入る陸奥国というのもあるけど。

三角屋敷と吉永小百合
吉永小百合と宿根木

 そういう訳で佐渡といえば金山くらいのイメージしか無かったのですが、金山は二日目に行くとして、初日はどうしようかと考えた結果、行くことにしたのが宿根木(しゅくねぎ)。JR東日本の「大人の休日倶楽部」のCMで吉永小百合が散策していたのです。

宿根木の家屋

 宿根木は佐渡金山繁栄期の江戸寛文期(1661~1678年)に廻船業の集落として発展した町で、入り江の限られた敷地に多くの民家が立ち並ぶ町並みは、独自の板壁の連続です。千石船の船板をはめ込んだ民家や石畳の露路など、当時の面影がそのまま残っていて、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。

宿根木の位置

 地図でおわかりのように、両津港からはかなり遠くて、タクシーで1万5千円超。佐渡の経済を回したる、俺がレインメーカーだと妙なノリで行ってしまいました。改めて佐渡島って大きいなと実感できましたね(主に金額面で)。

たらい舟

 そういえば佐渡といえばたらい舟という名物もあったなと思い出しましたが、あれは佐渡のどこでも見られるものではなく、宿根木とか小木といった佐渡南西部だけのものだそうです。

佐渡国小木民俗博物館

 お目当ては宿根木の町並と佐渡国小木民俗博物館にある千石船だったんですが、私が佐渡を訪れた22日に島内初の新型コロナウイルス感染者を確認したということで、博物館は臨時休館となっていました。毎日200人だ300人だと行っている辺りとは反応が全然違って初心というか何というか。面白いと言えば面白いのですが、せめて通知してくれよと思いました。

世捨小路

 せっかくなので宿根木の町並だけは見て回りました。そんなに広くないのですぐに見終わりますが。「世捨小路」という異様な名前の集落で一番古い石畳の道。「え?ここ通ってもいいの?」と確認したくなるほど狭い小路です。

清九郎

 狭い敷地で快適に暮らすため、総二階とすることで間取りを増やし、日本海から吹き付ける強風や塩害から建物を守るため、「サヤ」と呼ばれる杉板が縦板張りされている家が多いのも特徴です。使えなくなった船板を再利用している家も多く、舟には使えなくても建材としては十分に利用価値があったんですね。

三角家

 吉永小百合のポスターの撮影場所として有名な「三角家」。その名の通り三角で、狭い土地に密集して住むために時価の高い東京の家屋のようになってしまったようです。「東海道四谷怪談」に深川三角屋敷というのが登場しますが、やはり江戸が人口密集地だったせいか三角形の敷地だったようです

伊三郎 
称光寺境内称光寺
白山神社

 他に船主の豪邸「清九郎」や宿泊施設になっている「伊三郎」などがあり、奥には白山神社や称光寺。規模なんかは全然違うのですが、モンテネグロのアドリア海沿いの町・コトルを思い出しました。石畳の道から小さな教会とかがにょきにょきと生えてきたかのような印象を持ちましたが、それが木造の家屋だと宿根木になる、なーんて。

宿根木海岸

 すぐそばには宿根木海岸。こんな所に千石船が停泊したそうですが、本当に大丈夫なんかいなと言いたくなる岩礁が一杯です。

たびのホテル佐渡
たびのホテル佐渡の大浴場

 また1万円以上かけてタクシーで今宵のお宿へ。佐渡市千種にある「たびのホテル佐渡」。大浴場付きですが、部屋の風呂もビジネスホテルにしては広めでした。寝間着になるほか、ホテル内を徘徊可能な部屋着がゆったりしていて素敵でした。

エーコープ金井店

 そしてスーパーがすぐそばという好立地。通りの向かいにJA佐渡ジェイエイ・エーコープ佐渡金井店がありました。酒と惣菜、ポテチも買って気分はカイジ。大浴場で一風呂浴びて、冷蔵庫で冷やしたビール(ホテルのサービス)を持って「キンキンに冷えてやがる!」。久しぶりに「カイジ豪遊ごっこ」を楽しんだらすぐ眠くなって10時前にバタンキューでした。しかし普段飲んでないと効きますねえ。

キンキンに冷えてやがる
カイジ豪遊
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