(再掲載)「秒速5センチメートル」考察(その6):「理想の恋」の呪縛

こんにちは。本日は「秒速5センチメートル」考察(その6)の再掲載です。同考察はその1からその7まであるのですが、どういう訳かその6だけが凍結処分を喰らってしまっていて。何かの間違いではないかと思うのですが、揉めるのも面倒なのでこれまで放っておきました。しかし、「秒速」公開から13年、私がブログを始めてからも8年が経過したにも関わらず、今なお「秒速病」に罹患する方がいるようなので、再掲載してみます。実はコメントへの返信として掲載しているのですが、見つけにくい場所にあるので、この方が見つけやすいかと思いまして。

6.「理想の恋」の呪縛
さて岩船駅での後朝の別れの場面です。中学生だから「事後」という訳ではありませんが、「雪の一夜」は事後にも相当するイベントでありましょう。明里に渡すべき手紙は失ってしまった貴樹君ですが、もはや持っていても渡さなかったに違いありません。彼も無意識にわかってはいたはずです。あれは、あの「理想の恋」という現象は、そして「理想の恋」の相手であった「あの時の明里」は、もう二度と逢うことのできる存在ではないということを。

ほら、今向かい合っている彼女はもうあの時の明里じゃない。でも、「理想の恋」の呪縛は簡単には解けませんよ。解けませんともさ。貴樹君は探してしまうのです。「理想の恋」のかけらを。探さずにはいられないのです。そういう呪縛だから。「手紙書くよ!電話も!」という彼の叫びは、明里さんへの執着にも見えますが、「理想の恋」への執着に違いありません明里さんを通じてあの瞬間をもう一度見たい・感じたいという貴樹君の「足掻き」でもあるのです。
一方、明里さんです。明里さんも「理想の恋」に魅了されたのでしょうか。二人にとってあれが「理想の恋」であることは間違いありません。しかしその与えた影響には差があったというべきでしょう。長い長い時間、貴樹君は想いをつのらせるばかりでしたが、明里さんは少し違います。駅で貴樹君宛ての手紙を書きつつ、大人への階段を一段上がるという成長をみせるなど、ある意味「有効活用」しています。
もちろん待っている間に不安もあるし貴樹君への想いもつのったことは疑いの余地はありませが、たぶん早くたどり着きたい、でも動かない。

碇シンジの「動け、動け、動いてよ!!!今動かなきゃ、今やらなきゃみんな死んじゃうんだ……。もうそんなのいやなんだよ!!!だから動いてよ……」(死にません)

シロッコの「両毛線、動け!両毛線、なぜ動かん!?」とも重なるであろう貴樹君のもどかしさは、ただ待っている明里さんよりもはるかに強烈だったのではないかと思います。すなわち、「理想の恋」は二人に現出し、共に魅了されたのですが、その強度にはかなりの差があって、貴樹君はより強く囚われてしまったのです。

明里さんも、別れを示唆するあの手紙を渡せない程度には魅了されたと言うことはできます。しかし、「貴樹君は、きっとこの先は大丈夫だと思う!絶対!」という手紙にもあったフレーズは言葉にしてちゃんと伝えています。これって、本当は「私は貴樹君なしでもきっとこの先大丈夫だと思うから、もう私のことは気にしないで」って言いたかったのではないでしょうか。我々は知ってますよね、中一の貴樹君が「大丈夫」だったということを。しかし「理想の恋」に囚われた彼は全く「大丈夫」ではなくなってしまいました。それを感じた聡明な明里さんは、自身も「理想の恋」の呪縛の下にありながら、「大丈夫になって」と伝えたかったのではないでしょうか。

「理想の恋」は貴樹君のみの現出し、明里さんには生じなかったという解釈も可能だと思います。しかし、それだと貴樹君の「独り相撲」があまりにも可哀相なのと、明里さんが手紙を渡せなかった理由が不明になるので、「強度」の差と解釈しました。それはあるいは性格の差なのかも知れませんが、「精神的にどこかよく似ていた」と貴樹君に言わしめた明里さんの成長の痕跡とも考えられます。
また、「理想の恋」の呪縛は浅かったとはいえ、結構な時間明里さんをも捕らえていたと思われます。具体的には二人が文通を続けていた期間というのは弱まりつつも呪縛が有効だった時間ではないかと思うのです。この辺り、「男の恋は名前を付けて保存、女の恋は上書き保存」という男女差に起因するとの見解もネットにはあるようですが(つまりその頃明里さんは新しい恋に出会い、「元カレ」貴樹君を忘れたという)、私は性差を理由にするのはいささか安易じゃないかと思うので、それよりは個人差という解釈をしたくて、その根拠として再会までの長い時間の過ごし方などを挙げてみました。

「化物語」の登場人物・羽川翼(CV堀江由衣)の「sugar sweet nightmare」なんか聞くと、女性だけがあっさりしている訳ではないというのは窺えますし。何しろ, 「恋しくて 愛しくて 止まらない せめてこの心は 君のもとへ…」 「あの日のままでずっと待ってる あきらめたまま 今も待ってるの」 なのですから。つのる恋心、諦めきれない想いに男女の差なんてないんじゃないでしょうか。
また、振られた側と振った側では振られた側に未練(ないし恨み)が残るのは当然ですが、貴樹君と明里さんの場合は振った振られたという関係ではありません。「理想の恋」の呪縛が数年で解けた明里さんと、十数年に亘って囚われ続けた貴樹君。しかし、ラストシーンで、執拗だった呪縛もようやく貴樹君を解放したのではないかと思います。
さて、呪縛を脱した貴樹君はこれからどうするでしょうか。新しい恋に出会うのでしょうか?水野地味子とよりを戻すのでしょうか?私は案外もう恋はしないかもしれないなんて思ったりもします。あの「雪の一夜」が一生分に足りる恋だと認識したのだとしたら……。

「もう泣かぬ……もう恐れぬ。たとえ花壇に花は咲かずとも私はもう一生に足りる恋をした!これ以上何を望むか!生きる証はここにある!」 (ファイブスター物語12巻P209のクリスティン・ビィのモノローグより抜粋)
なお、本記事の前あたる考察その5はhttps://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-36.html、後にあたる考察その7はhttps://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-38.htmlにありますので、よろしかったらご参照下さい。
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