記憶に残る一言(その44):範馬勇次郎のセリフ(範馬刃牙)

台風の雨風で内地は大変なことになっていますが息災でしょうか。菊の節句・重陽だというのに。そういえば節句ってめでたい行事なのかと思っていたら、陰陽思想では偶数が陰、奇数が陽であるところ、奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを払う行事として節句が行なわれていたんだそうです。特に9は最大の「陽」なので最も不吉で、節句の負担も大きいと考えられていたそうですが、後に陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったのだとか。
かつて邪鬼を払って長寿を願うために、菊の花びらを浮かべた酒(菊酒)を酌み交わしたりしたそうですが、陰陽思想もすっかり廃れた現在では、重陽といっても一般人は特に何もすることもなく、五節句の中でも最も影が薄いようです。
さて本日は二週間ぶりに記憶に残る一言です。今日はまた全然脇役じゃなくて恐縮ですが、地上最強の生物、範馬勇次郎のセリフを紹介しましょう。
規格外に巨大な象や北極熊を素手で屠り、重武装の軍隊を単身で壊滅させるほどの戦闘能力を持ち、息子の刃牙をして「癌細胞でも勇次郎には勝てない」と言わしめる勇次郎ですが、初期は圧倒的な暴力に任せて理不尽なことを島倉千代子という感じで描かれていましたが、物語が進むにつれて意外な側面を見せるようになっていきます。今回紹介するのは、そういうかつての勇次郎らしからぬ意外なセリフです。
その前に“グルメ漫画の金字塔”とも呼ばれる「美味しんぼ」をちょっくら紹介。グルメ漫画なのに政治的主張が多すぎるという、そこはまあ目をつぶるとして、グルメ部分についても結構言っていることがおかしいという指摘がありますね。例えばドレッシングについて。
ドレッシング不要論を唱える山岡士郎。まあそれはそれで一つの主張ということでいいのですが…
しかーし!舌の根も乾かぬうちにドレッシングを賛美する士郎。結局お前は生野菜にドレッシングをかけるの?かけないの?
更にサトウキビから砂糖を取った後の糖蜜(廃糖蜜)についてのセリフ。グルメな人達(&原作者)は化学調味料が大嫌いらしく、廃糖蜜をディスりまくります。“タール状の廃糖蜜を発酵させるのだから、麦や大豆を発酵させるのとはわけが違う”と主張する栗田さん。じゃあ「廃糖蜜はいかん!」ということでファイナルアンサーですね?
しかしそれ以前のエピソードでは、こんなことを。ラム酒ベースのソースを絶賛し、ラムは廃糖蜜をアルコール発酵させたものだと説明しています。いや、説明は間違っていないのですが、廃糖蜜で酒を造るのは良くて調味料を作るのはいかんのか?
こういうダブルスタンダードが横行しているのが「美味しんぼ」なんですが、他の作品からやられているケースもあります。まずはお決まりの農薬不要論をぶちかます山岡士郎と不愉快な仲間達。
網で鳥からの被害を守った無農薬野菜に、「あれが、我々を救ってくれる物なのだ」と絶賛する海原雄山大先生。士郎が刃牙なら雄山は勇次郎といった役回りなんでしょうかね。
一方、「コンシェルジュ」(原作:いしぜきひでゆき、画:藤栄道彦)というマンガでは、外敵から逃げられない植物は体内に農薬様物質を合成しており、その量と毒性は農薬の比ではないと主張。
農薬を使用すればこれらの物質の生成を抑制できるが、カビや虫に襲われた場合、植物はより多くの農薬様物質を合成するので虫が食った野菜は危険だと。これはぜひ原作者同士で戦って貰いたいですね(笑)。
脇道が長くなりすぎましたので、とっとと本題に入りましょう。「グラップラー刃牙」シリーズは格闘マンガであってグルメマンガではない。それはもう当然すぎるほど当然なんですが、第3部「範馬刃牙」終盤の「地上最強の親子喧嘩編」においては、なぜか食について範馬勇次郎がひとくさり述べているのです。
最近やたらに刃牙の家を訪問する勇次郎。そんなもんで刃牙も気合い入れて食事を作ったりして。中央にステーキをどーんと据え、焼き魚にたっぷりの大根おろし、キュウリの浅漬け、メカブとおかずは豊富です。高校生なのによくこれだけ作れるな刃牙。いいお嫁さんになれそう(笑)。
そしてやって来た勇次郎。いただきますの会釈をしています。常人にあってはごく普通の仕草なんですが、これまでしてきた数多の蛮行のせいで、刃牙も読者も驚愕させたのでした。
“襲いかかり、殺傷し、仕留め、食す…それがオーガ!!範馬勇次郎という男ではなかったのか…!!?手に入れる――とは奪うこと…それが範馬勇次郎ではなかったのか!!?”刃牙の疑問はもっともで、私もそうだと思っていました。というか、これまでそういう描写しかなかったもんで。
そして唖然としている刃牙にお説教来ました。宗教家のようなセリフです。全国百万人のファンが「お前が言うな」とツッコんだ瞬間です。
しかし刃牙はあまりの正論に手も足も出ません。まあ誰が言おうが真理は真理ですからねえ。よく「○○が絶対に言わない台詞」なんてのがありますよね。ヒトラーの「世界は一家、人類は兄弟姉妹」とか。言っていることは正しいのですが、お前が言うなという。勇次郎のはこれに相当するんですよね。よくぞ吹かなかった刃牙。
メダパニにかかったような状態の刃牙、突如おかずの一品、メカブについて説明を開始します。「カラダにいいから」は大事なことなので二度言いました。勇次郎先生、海原雄山ばりに化学物質まみれのメカブを罵倒するのかと思いきや…
これが今回の記憶に残る一言です。一言じゃなく語ってますが(笑)。「防腐剤…着色料…保存料…様々な化学物質、身体によかろうハズもない」「しかし、だからとて健康にいいものだけを採る、これも健全とは言い難い」「毒も喰らう栄養も喰らう」
「両方を共に美味いと感じ――血肉に変える度量こそが食には肝要だ」刃牙、泣きそうになっていますが、私も勇次郎のセリフとは思えない感動を覚えました。もちろん地上最強の男でもなんでもありませんが、食に対してはこういう気持ちでいたいなあと思います。究極も至高もクソ食らえッッ!!
そして勇次郎の食後のお皿を見よ。すっかり骨だけになった魚。食べるの上手だなあ。秋に鮭が遡上してくるのを待ち構えている熊は、なにしろ遡上する鮭の数が多いから、イクラがある腹だけ囓っては捨て囓っては捨てするといいますが、勇次郎は熊とは違うということか。
まあこの場面は自分用の魚が一匹だけだからそれを丹念に食べたのかも知れませんが、美しく食事できる人っていいですね。勇次郎はお見合いとかで良い印象を残せそうです。
が、そんなご立派なだけが勇次郎ではありません。というか、ご立派な部分もあったというべきでしょう。父に常識人の側面を見た刃牙、調子に乗って「洗い物やってくんね?」と言います。まあこれを言うために全力振り絞ってましたけどね。するとジャンケンで勝ったら食器を洗うという勇次郎の意外な返事が。てっきりここで戦争勃発かと思いましたよ。
そしてジャンケンをしたら、刃牙が勝ってしまいました。この人達も「最初はグー」なんですね。ジャンケンとはいえ地上最強の生物に勝った?しかし、この結果に対する勇次郎の笑みが超恐いです。
そして勇次郎のチョキは刃牙のグーに突撃。チョキが無理矢理グーをクズしてパーにさせてしまいます。
「憶えておけ この世には石をも断ち切る鋏があるということをッッ」これぞ勇次郎節ですよ。「な?」じゃねェッつーのッッと不満たらたらな刃牙ですが、大人しく洗い物をするところが可愛いですね。
とりあえず、「毒も喰らう栄養も喰らう」「両方を共に美味いと感じ――血肉に変える度量こそが食には肝要だ」と私も呟いて、身体にとっては飲まないにこしたことはないであろう酒を飲むことにしましょう。それにしても、身体によくないものほど美味いってのはどういう訳なんでしょうかねー。
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