超訳百人一首 うた恋い。(その3):時を経て共有できる「恋への想い」

ミュンヘン大橋

 こんばんは。札幌に転勤して困ったことの一つは、やけに早朝に目が覚めることです。4時5時は当たり前で、3時台に目が覚めたときには参りました。本日は目覚めたのが5時55分。これはまあ遅い方なのですが、なお起きるにはゆとりがあるのでしばらく目をつぶっている積もりだったのですが…うとうとっとしてはっと気付いたら出勤時間でした。二度寝は怖いですね。まあ朝ご飯を食べずに出て行けば間に合う時間でしたが。

ボルヴィック

 乗換駅にあるセブンイレブンでサンドイッチを買ったらくじが引け、当たりが出てボルヴィックを貰いました。運がいいんだか悪いんだか。ところでエビアンとかボルヴィックとかペリエとか、フランス産のミネラルウォーターは色々ありますが、それでもフランスでは「ワインを水代わりに飲んだ」のでしょうかね。完全に今は昔の物語かな。

そうそう当たるものではない

 確かにパリの水道水はまずかったけど、根性で飲みましたよ。というかヨーロッパでは色々なところで水道水を飲みました。うまいまずいはあるけど、熱帯とかでなければ「そうそう当たるものではない」というのが感想。

超訳百人一首 その3

 さて公約(?)どおり、「超訳百人一首 うた恋い。」の最終回です。このアニメ、一週間に二話ずつ紹介していけば良かったなと、今になって後悔しています。その価値のある作品だったのに。

道雅の幼少期の回想

 さて13話は清少納言、紫式部の時代を過ぎて三条天皇の代。中宮定子の甥にあたる道雅が登場します。まずは幼い頃の思いで。祖父の道隆が全盛期の頃の栄光が懐かしく思い出されます。定子も楽しそう。清少納言も記憶の中にはちゃんといます。道隆があと5年長く生きていたら、道隆-伊周-道雅という流れで権力の座が推移し、道雅は氏の長者となった可能性もありますが、所詮は「たら、れば」の話。中関白家は定子を失った後完全に逼塞しています。

きっと来る

 そんな中夜道で出会ったのが当子内親王。「とうこ」と呼んでいます。それじゃ「定子」だって「さだこ」と読むべきでなかろうか。しかし、「さだこ」と読むと「Oooh きっと来る きっと来る」になってしまいそう。

当子内親王との出会い

 三条天皇の愛娘で、伊勢神宮に斎宮として下る前に御所を眺めたいと忍び出てきたところに行き会わせたのでした。ボディーガードを命じられる道雅。強面なのでピッタリですね。

青い月の下の誓い

 大好きな父帝との別れに泣き叫ぶ当子を精一杯なぐさめる無骨な道雅。当子はその優しさにハートを射貫かれ、斎宮を終えて京に戻ったらまたここに来たいといいます。

再会フォーリンラブ

 そして3年が経過し、三条天皇の退位に伴って当子内親王が帰京します。時の権力者である道長との縁が薄い三条帝は、眼病が思わしくなく、度重なる道長の譲位要求に抗しきれなかったのです。当子17歳、すっかりお年頃となりました。CVは花澤香菜です。

駆け落ちじゃ

 密会を重ねる二人ですが、斎宮を務めた内親王は役目を終えても臣下に嫁げないのがこの時代のルールだったようで。まあ現役斎宮にちょっかいを出した在原業平という豪の者もかつてはいましたが。そこで当子は掠ってくれと道雅に頼みます。既成事実を作ってしまえば認めるしかないだろうし、道雅も出世するだろうというのです。

男の面子にこだわる道雅

 しかし道雅はこれを拒否。出世の道具に当子を使ったと世間に思われたくないという「男の面子」を優先します。当子は泣いて道雅の言うとおりにしますが、実はこの時点で二人の恋は結ばれないことに当子は気付いていたのでした。しかし道雅は気付かなかった。逃した魚はあまりにも大きかった。

別れの予感

 当子と道雅の密会は三条院の知るところとなり、道雅は勅勘を受け、当子と引き離されて二度と会えなくなります。その時ようやく二人の恋が実るためには「駆け落ち」しかなかったのだということに気付いた道雅。

道雅の後悔

 この時に作ったのが「今はただ 思ひたえなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな」(今となっては、あなたへの想いを諦めてしまおうということだけを、人づてにではなく、あなたに直接言う方法があってほしいものだなあ)です。恋しい人に一目だけでも逢いたい。でも逢って言うのは別れの言葉……切ない、切なすぎるぞ道雅。

三条院と当子

 一方当子は父の三条院と一緒に月を見ています。激怒したとされる三条院ですが、実は権力者道長の手前怒ったふりをせざるを得なかったということで、愛娘の恋を引き裂いたことを詫びています。しかし当子も恋を失って大人になり、恨んだりすることもありません。出家を口にする父にならって自分も出家しようかと考えます。道雅以外の相手など考えられない当子なのでした。

三条院の歌

 この時三条院が読んだのが「心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな」(心ならずも このはかない現世に生きながらえていたならば きっと恋しく思い出されるに違いないことだ、この夜更けの月のことを)。そして「夜半の月」は、当子がかつて道雅と見た青い月のことでも逢ったのでした。

楽しかったあの時

 ちなみに当子は数え23才にして早世。道雅はその後30年以上生きますが、中関白家の跡取りにも関わらず従三位から昇進できませんでした。また乱行の噂が絶えず、「荒三位」「悪三位」などと呼ばれたということです。もっとも従三位以上は上級貴族でしかなれない位階であり、公卿・上達部(かんだちめ)と呼ばれ、「星の位」とも言われた貴族中の貴族です。

六条公磨三位中納言

 「水戸黄門」に登場して水戸光圀の権威にも屈しなかった一条(六条とも)公磨三位中納言なんかが三位ですね。インターネット界では「麿」としてAAが作られています。この時光圀は左大臣を繰り出してきて更に上の権威で制圧しましたが、光圀も「先の中納言」と呼ばれているので同格と言いたいところですが、実際には光圀は権中納言なので中納言だった公磨の方が格上ではないかと思われ。権官は「定員外の官人」の意味なので、名前だけの官職とも言えましょう。武家の官位は「権」が付いちゃうことが多いですね。

当子と道雅の月

 中下級貴族からすればなりたくてもなれない位階なのですが…上を見ればきりがなく、下をみればきりがないということか。哀しみは、何一つ苦しみなどなさそうな人達にも。どんな階層にもそれなりの哀歓があるということでしょうか。

最終話

 そして最高の最終回と名高い第13話は、百人一首選出者である藤原定家自身の恋の物語です。百人一首にはなぜ恋歌が多く採用されているのか、その理由は定家と式子内親王の間の報われない恋にあった…というのが超訳の解釈です。

俊成と定家

 若い頃の定家は和歌の才能はありながら蹴鞠に明け暮れ、和歌の達人俊成を父に持ちながら跡を継がないと反抗期真っ盛り。やっと和歌の勉強に邁進し始めたかと思いきや、西行に憧れて出家を指向するなど、父をはらはらさせまくっています。

式子内親王

 俊成は式子(のりこ)内親王の和歌の師を務めていましたが、俊成の悩みを見抜いた式子から一度定家を寄越しなさいと言われます。

式子内親王に会って見ろ

 そして気が進まないながら御前にまかり出てみれば…なんという美人!それにCVは最終兵器・大原さやかだし。これまでも天使・早見沙織や妖精・花澤香菜を投入してきた超訳百人一首ですが、最後の最後に女神さあやをぶっこんできました。定家でなくてもこれは死ぬる。美貌の年上の女(ひと)をやらせたら天下一品ですからね。

式子内親王と出会って

 式子内親王は10年間賀茂斎院(賀茂神社の斎院)を務め、定家と出会ったころは叔母の八条院に身を寄せていたようです。出会いは1181年とみられ、当時定家は数えで20歳、式子内親王は33歳位でしょうか。

ハートを射貫かれる定家

 これまで恋をしたことがないという式子内親王は歌を通じて恋愛ごっこをしようと定家に持ちかけます。斎宮とか斎院を務めると恋とは縁遠いことになって、生涯を独身で終えるケースが大半です。天皇や貴族と結婚した斎院も少数ながらいますが。

式子内親王の歌
 
 そして恋愛ごっこの歌として定家にぶつけてきたのが百人一首にも採用されている「玉のをよ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」(私の命よ、絶えてしまうのなら絶えてしまいなさい。このまま生き長らえていると、恋を堪え忍ぶ心が弱ってしまうから)。いやあ、たとえ恋愛ごっこでも、一度とびきりの美人からこんな歌を贈られてみたいですね。すっかり式子内親王の虜になった定家、俊成が嫁を取れといってもガン無視です。式子内親王が結婚を勧めても、あなた以外に誰がいるのかと。

欲しい物などもう何もない 君の他に大切なものなど

 こんなにも好きなのに「ごっこ」なんて残酷だ、それならもう来ないという定家に、式子内親王はさあやボイスで結婚しても歌を読み交わしたいといいます。皇族のルールに縛られた式子には、歌を読むことでしか心を自由にすることができないのです。

定家狂乱

 「ひどい方だな、あなたは。迷惑だとおっしゃったその口でよくも…!」と言う定家に、ままごとでも不自由さの中で歌だけが自由だと言う式子は「お願い…歌って…定家。私を許してね…」と涙を流します。式子が本当に残酷な人だとしても、この美貌にさあやボイスで泣かれたらもう仕方ないです。男なら諦めて軍門に降りましょう。

許されぬ愛

 そして式子を後ろから抱きしめ返歌を贈る定家。「思ふこと 空しき夢の なか空に たゆともたゆな つらき玉のを」(忍ことが辛くても、思うことが空しくても、どうかどうか命を絶やさないで下さい。私のために!)

 定家と式子が恋愛関係にあったのではないかという説は古くからあり、恋仲かどうかはともかく、定家の日記「明月記」ではしばしば式子内親王ついての記述が現れることから、ごく親しい関係にあったことは間違いないと思われます。

式子内親王が亡くなった
定家の歌

 式子内親王は1201年に53歳で薨去します。この時定家は歌を読むのを止めてしまおうとしますが、定家の耳に聞こえてきたのは、愛する式子の「歌って…定家」の声でした。その内なる声に従って歌を続ける決意をする定家、百人一首に自ら掲載した「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ」(松帆の浦の夕なぎの時に焼いている藻塩のように、いくら待っても来ないあなたを想って、私の身は恋い焦がれているのです)

完成百人一首

 ちなみに定家はこう見えて袈裟を着ているので出家しているようですが、実際に出家したのは1233年で70歳を過ぎてからです。アニメでは式子内親王の死に顔といい、定家の顔といい、若作りしまくっていますが、超訳なのでよしとしましょう。

麗しの貴婦人

 全編を通じて、史実とはつじつまの逢わない部分も多々ありますが、歌人や歌への愛が実によく伝わる作品でした。和歌は日本が誇る美しい文化だなあと改めて思います。時代を超えて受け継がれるものには、普遍的な内容がこもっているものなのですね。和歌には、1000年経過してなお共有できる“想い”があります。ただ、自身が選んだ百首の歌が、後世で競技に使用されることになろうとは、さすがの定家も想像もしなかったことでしょう。早くかるたを取るのもいいですが、しみじみ鑑賞することも忘れないで欲しいですね。

定家と式子
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