魔笛:女性警察官がテロリストに変貌?しかし真相はさらに恐るべき…

精霊流し
 
 お盆も終わって8月16日。例年通り各地の河川では灯籠流し(或いは精霊ながし)が行われ、京都では五山の送り火が行われたことでしょう。大阪時代、京都テレビ(だったと思いますが)が1時間に亘って五山の送り火の模様を放映していましたが、実に静かでいい番組だと思いました。関東地方でも放映してくれればいいのに。

五山の送り火

 お盆が過ぎると空には秋の気配…だったらいいのですが、秋の気配は鬼太郎の妖怪アンテナでも感度ゼロだろうとほどに全く感じられません。ただ日暮れの時間だけは早くなったという気がしますが。

灯籠流し

 中国美女列伝の金曜日ですが、誠に勝手ながら一身上の都合で予定を変更させていただき、本日は野沢尚の「魔笛」です。野沢尚の著作はかつて「破線のマリス」を読んだことがありますが、当ブログでは初めての紹介となります。

野沢尚

 野沢 尚(1960年5月7日~2004年6月28日)は愛知県名古屋市出身の脚本家・推理小説家です。父は京都大学名誉教授の野沢謙、叔父はフランス文学者で元都立大教授の野沢協、祖父の兄弟(大叔父)に京都学派の哲学者の田辺元がいます。日本大学芸術学部映画学科を卒業していますで、テレビドラマの脚本で高い評価を受ける一方、ミステリー小説にも幅を広げました。

 中学時代から映画監督志望で、8ミリカメラで自主映画を作っていましたが「映画はまずシナリオありき」と思い立って、独学で勉強を始めたのが脚本家になったきっかけだそうです。北野武の映画監督デビュー作「その男、凶狂暴につき」(1989年)の脚本を手掛けたことでも知られています。1998年には連続ドラマの「眠れる森」「結婚前夜」の脚本で第17回向田邦子賞を受賞しています。これは当時最年少での受賞でした。

破線のマリス

 小説では1997年に「破線のマリス」で第43回江戸川乱歩賞を、同年「恋愛時代」で第4回島清恋愛文学賞を受賞しています。2001年には「深紅」で第22回吉川英治文学新人賞を、2002年には「反乱のボヤージュ」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しています。

 しかし2004年6月、事務所で首吊り自殺をしているのが発見されることになります。発見は28日ですが、死後数日が経過していたそうです。自殺の2か月前に放送されたテレビドラマ「砦なき者」は、野沢尚の小説を自ら脚本を手掛けていますが、テレビの作り手と視聴者の関係悪化に警鐘を鳴らす内容で、自殺を仄めかすテレビへの絶望が描かれていたそうです。 なお、知人宛に、

「夢はいっぱいあるけど、失礼します」との遺書が残されていたそうです。詩を選択したことについては軽々に論じることはできませんが、早世は惜しまれます。 

その男、凶暴につき

 なお、自身が手掛けた脚本が現場で大きく変えられたことが2回あるそうで、北野武に直された「その男、凶暴につき」は、完成された映画が傑作だったので許したそうですが、村上龍に直された「ラッフルズホテル」は、“日本映画史上の汚点のような大駄作”にされたと嘆いていたそうです。

ラッフルズホテル

 「魔笛」は2002年に講談社から刊行され、2004年に講談社文庫から文庫版が刊行されています。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

魔笛文庫版

 白昼、渋谷のスクランブル交差点で爆弾テロ!二千個の鋼鉄球が一瞬のうちに多くの人生を奪った。新興宗教の教祖に死刑判決が下された直後だった。妻が獄中にいる複雑な事情を抱えた刑事鳴尾良輔は実行犯の照屋礼子を突きとめるが、彼女はかつて公安が教団に送り込んだ人物だった。迫真の野沢サスペンス。

 「魔笛」の特徴は、上記爆弾テロの実行犯である照屋礼子が書き上げたという体裁を取っていることで、冒頭に「辞」として照屋礼子による前書きが記されています。実はサスペンスとして楽しむ場合、これを読まない方が特に終盤ハラハラドキドキできるので、冒頭に持ってきたことの是非は議論があるところかと思われます。

 照屋礼子は沖縄県警の公安刑事として実績を上げて警察庁警備局公安課の目に留まってに引き上げられ、過激派組織に潜入した後は「オウム真理教」をモデルとしたとみられる新興宗教「メシア神道」に出家信者として潜入します。このメシア神道、霞ヶ関で連続爆弾テロを引き起こしたり、富士山麓で巨大な教団施設を建設したりと、あまりにもオウム真理教に似ているため、「この作品はフィクションであり…」という例の断り書きはあるものの、江戸川乱歩賞に推されながらも受賞は逃したとか。

 脚本家だけあって、描写は極めて映像的というか、情景が目に浮かぶような表現が多いのですが、それだけに冒頭の爆弾テロのシーンの惨状は目を覆うばかりです。

 本書はサスペンスだけどミステリーではありません。何しろ犯人自らが語り手となっていますから。そして公安刑事がいかにして教団信者に堕ちてしまったかを描く作品でもありません。実は照屋礼子は「殺人鬼フジコの衝動」が描くフジコ並か、それ以上のシリアルキラーなのです。小学生時代に友達と担任の先生の2人を殺害しており、それが発覚しないままに警察官になったという恐ろしい人物です。つまり、警察官が狂信者になってしまったことが恐怖なのではなく、精神異常者が警察官になったことの方が恐ろしい事態だといえるでしょう。

 そういう狂人というか凶人を狂信的な宗教団体に送り込んだらどうなるのか、その回答がこの作品ということもできるのでしょうが、それだけに、犯人自身の記述でありながら、“どうして自分はこういう人間になったのか”という根源的な疑問には一切回答していないので、謎は深まるばかりです。

 本書では公安警察という深い闇のような組織の一端が描かれていますが、こういう作品を読むときにいつも思い浮かぶのは「講釈師見てきたような嘘をつき」という狂句なのですが、本当なのかね?という疑問です。フィクションだと銘打っている以上、深刻に考える必要はないのかも知れませんが、滅茶苦茶巨大な組織とか結社の存在を前提にして、「○○はCIAの陰謀だ」「いやユダヤ人の陰謀だ」「いやいやフリーメーソンの…」とやってしまえば確かに何でも解釈は可能なのですが、参考文献は読んでるにせよ、やはり一作家に真実を究明するだけの力はないのではないかと。

 公安警察が故意に事件を引き起こさせて自分の組織の強大化を図る…といえばもっともらしいのですが、本当にそんなに一枚岩の組織なのかな?とか、本書でも刑事警察と公安警察の確執が描かれていますが、警察の中にあっても忌避する勢力がある以上、警察の最高幹部にだって公安とは無縁な人だっているんじゃなかろうか、そういう人達を相手に公安警察はそんなに強権を発揮できるんだろうかなんて考えたりして。

 照屋礼子を追う刑事警察の鳴尾良輔は、殺人犯である籐子(フジコではなく、トウコです。「藤」じゃなく「籐」)と獄中結婚したために巡査部長から先出世の見込みはありませんが、籐子が殺した元夫が警察幹部と癒着していたこともあって、警察組織内で「飼い殺し」状態になっています。鳴尾が獄中の籐子の手助けで事件の核心に迫っていくのですが、その様子は照屋礼子が公安組織に持つ協力者(愛人?)によって逐一報告され、照屋礼子は鳴尾が自分と対決できるだけの人物かを探って様々な挑戦をしてくるのでした。

 肉体派というか行動派の鳴尾をサポートする籐子が獄中にありながら安楽椅子探偵の如く推理を働かせるのですが、なぜ籐子がそんなにも推理力に優れているのかは実は謎です。彼女の半生にそんな推理力を養うような経験はなかったし、素質があったのだとしか言えないのですがそれなら夫殺害に至るまでになんとかならなかったのかという気もします。

 終盤、照屋礼子が放った刺客は獄中の籐子にも迫るのですが、この刺客がまるで照屋礼子が乗り移ったかのように籐子殺害に執念を燃やすのですが、どうしてそこまでコントロールできるのかも謎です。教団の洗脳手法とか薬物とかを応用したものか。しかし、獄中に送り込むところまではともかく、その後の行動は本人の資質次第なので、この点についても刺客にそれだけの能力があったとは思えず、行動に疑問が残るところです。

篠原涼子

 この作品は、「よく考えると…」という場面がかなり多いので、スピーディーな展開とか手に汗握る爆弾処理シーンなど、映像化して見るべき作品なのかも知れません。ただし、メシア神道がオウムに似すぎている点が映像化の際のネックとなるでしょう。照屋礼子を演じきれば、その女優さんの新境地になるのではないかと思うのですが。個人的には篠原涼子あたりにやってもらいたいですが、ご本人がやりたがらないかも知れませんね。

魔笛単行本

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「魔笛」野沢尚

渋谷のスクランブル交差点で爆弾テロが起きた。 昇進の道がない刑事、鳴尾がこの事件を追う。     鳴尾は殺人で服役している妻がいる。 そのため巡査部長から上には上がれない。 渋谷での爆破事件は、新興宗教の教祖が死刑判決を受けた直後に起きた。 本書は、犯人の…

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