中国美女列伝(その3):王昭君~「お国のため」に“蛮族”に嫁いだ悲劇の美女

小説・秒速5センチメートル
 
 「小説版・秒速5センチメートル」読み終わりました。これは近く記事を書かねばならぬ。書かずにおりゃりょうか。しかし、それは今ではありません。少し寝かせてクールダウンしてからにしたいと思います。コミック版は映像版よりも小説版を下敷きにしている様な気がします。これから見て見ようという人は、順序としてる映像版→小説版→コミック版と進むことを推奨します。

 私は映像版→コミック版→小説版と進んでしまいましたが、どうせ水野理瀬シリーズを「黄昏の百合の骨」→「三月は深き紅の淵を」→「麦の海に沈む果実」というトンデモ順番で平気で読んじまった人間なんで……。そうえいば、就職した貴樹の前に現れたのが水野理紗ではなく水野理瀬だったら話は全然違う展開を見せたことでしょうね。理紗ではダメでも理瀬ならあるいは……

 現在続けて「秒速5センチメートル one more side」も読み始めておりまして、「桜花抄」を読了したところです。小説版は何しろ新海誠・著なので、正史として扱わない訳にはいきませんが、「one more side」はどうかな…。正史と食い違う部分もあるので、平行世界と考えてもいいのかも知れません。

四大美女

 さて、秒速ワールドはこの辺にして、本日の本題です。中国美女列伝の第三回目、今日は落雁美人・王昭君です。

後宮を去る王昭君

 王昭君は、紀元前1世紀ごろの漢の時代の人です。現在は湖北省である荊州南郡の出身で、中国四大美人の一人に数えられています。異民族懐柔のために異邦に嫁ぐことになり、その旅の途中、故郷の方向へ飛んでいく雁を見ながら望郷の思いをこめて琵琶をかき鳴らしたところ、彼女の姿と悲しい調べに魅入られて雁が次々に落ちてきたという逸話があることから、落雁美人と言われます。

王昭君その1

 時は漢の第10代皇帝・元帝の時代です。前回の西施が紀元前5世紀の美女でしたから、何と400年以上時が流れています。この間に中国は春秋時代→戦国時代と進み、秦が紀元前221年に中国の統一を達成しました。しかしその覇権は長くは続かず、陳勝・呉広の乱から項羽や劉邦も起ち、紀元前206年に滅亡してしまいます。その後、漢楚の戦いを経て劉邦が同年に漢(前漢)を建てる訳です。項羽といえば愛妾の虞美人も美女で有名なので、いずれ取り上げたいですね。

王昭君その2

 さて、西施の回にも登場した楚とか呉・越といった南方諸国は、中華から離れた蛮族と蔑まれていましたが、稲と小麦の差はあれど同じ農耕民族で、秦や漢の版図に組み込まれていく訳ですが、その他、北方や西方には農耕民族とは完全にライフスタイルを違える遊牧民族が多数所在していました。中でも有名にして強力だったのが匈奴でしょう。

王昭君その3

 匈奴は紀元前4世紀頃から5世紀にかけて中央ユーラシアに存在した遊牧民族であり、またそれが中核になって興した遊牧国家(紀元前209年 - 93年)でもあります。要するに、漢の建国とほぼ同時期に匈奴も遊牧国家を建国していた訳ですね。冒頓単于(ぼくとつ ぜんう)は建国直後の漢と戦い、劉邦の親征軍を白登山の戦いで撃破します。匈奴に敗れた劉邦は、莫大な貢納物を献上するという屈辱的な和平を結ばざるを得ませんでした。以後、7代皇帝・武帝の即位まで漢は匈奴に属国扱いをうけることになるのです。くやしい…こんな蛮族に…でも貢いじゃう!ビクンビクン

王昭君その4

 武帝はその名の如く外征を繰り返して度々匈奴を撃破し、形勢は逆転。今度は逆に漢が匈奴に人質を要求するようになります。その後、匈奴は漢のみならず周辺の遊牧民族と抗争した結果、勢力を弱体化させていくことになります。そして先の元帝の時代になって、呼韓邪単于(こかんや ぜんう)が立ちます。この人は匈奴の内乱を制するべく、第9代皇帝・宣帝の時代の漢に積極的に接近し、自らの子供を人質に送って臣下の礼を取り、援助を求めました。

王昭君その5

 呼韓邪単于は元帝の時代になった漢と「今より以降、漢と匈奴は一家となり、代々偽って攻めたりすることのないように」との盟を結び、さらに漢の婿となることを願いました。そこで選ばれたのが、当時の後宮にいた王昭君なのですが、それについては面白い話があります。

王昭君その6

 元帝は、美人を惜しんで後宮で一番の醜女を出すこととして、宮女の似顔絵帳を見て、一番醜い女性を選ぶことにしました。その頃、宮女たちは自分の似顔絵を美しく描いてもらうため、似顔絵師に賄賂を贈っていたのですが、ただ一人王昭君だけは賄賂を贈らなかったので、わざと一番醜く描かれていたのです。

王昭君その7

 王昭君は絶世の美女だったのですが、それまで全く元帝の目に留まることがなかったのも、似顔絵氏が似顔絵を故意に醜く描いていたせいでした。このため、後宮一美しい王昭君は一番見にくい宮女として匈奴の嫁に選ばれてしまいました。

実写版王昭君その1

 皇帝に別れを告げるために挨拶に来た王昭君を見た元帝は、王昭君のあまりの美しさに仰天しましたが、既に遅し。今さら王昭君を贈る約束を撤回すれば匈奴との関係が悪化することは明らかなので、元帝は不本意ながら王昭君を送り出しました。そしてその後の調査で、似顔絵師が宮女たちから賄賂を取っていたことが発覚し、激怒した元帝が斬首刑に処したそうです。

実写版王昭君その2

 王昭君は呼韓邪単于の妻となって一男を儲けたそうですが、呼韓邪単于が死亡したため、当時の匈奴の習慣に習い、義理の息子の妻になってさらに二女を儲けたそうです。この寡婦が死亡した夫の兄弟と結婚するレビラト婚という習慣は、最初の婚姻で結ばれた両親族集団の紐帯を維持し続けようとすることを目的としたもので、匈奴のほか、モンゴルやチベットなどで一般的なものでしたが、漢族の道徳文化では、父の妻妾を息子が娶ることは、実母との近親相姦に匹敵する不道徳と見なしていたので、ことさらに悲劇として扱われることになりました。

実写版王昭君その3

 しかし、弱体化したとはいえ、匈奴は当時の漢にとってはなお最も重要な外交相手であったはずなので、その匈奴に対して敢えて一番の醜女を渡すという無礼をするとは考えにくいので、選定のエピソードは眉唾ものですね。

王昭君の墓

 なお王昭君の墓は、現在の内モンゴル自治区のフフホト市にあります。陵墓の周囲には王昭君の郷里の家を再現した建物や庭園が整備され、また敷地内には匈奴博物館などがあり、観光スポットとして人気が高いそうです。楊貴妃や西施は傾国の美女ですが、王昭君は外交の犠牲となった「救国の美女」的存在ですね。

実写版王昭君その4

 さて次回は四大美人の掉尾を飾る唯一の架空の美女・貂蝉です。
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