魔王:伊坂幸太郎の不可思議な味の小説

伊坂幸太郎
 
 そういえば昨夜、火球ってやつを初めて見ました。信号待ちの交差点でふっと西の空を見上げたら、緑色の巨大な流星がすっと流れて。あんなに大きかったら地上に落ちて隕石になってもと思いましたが何の音もしませんでした。流れ星に願いを三回唱えると望みが叶うなんて俗説がありますが、それは本当かもしれないと思いました。だってほんの一瞬ぱっと光って流れて消えてしまうのですから。その間一秒あったかどうか。「金欲しい」でも3回は無理ですな。そもそもびっくりして願い事を言う事自体を失念していましたし。地上まで落ちる隕石の落下にでも遭遇すれば何とかなるのでしょうか。

こんな色でした

 今日は先日読了した伊坂幸太郎の「魔王」です。伊坂幸太郎はまだ41歳。東北大学卒業後、システムエンジニアとして勤務する傍ら文学賞に応募し、「オーヂュボンの祈り」で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞して2000年に小説家としてデビューしました。代表作は映画化された「重力ピエロ」(2003年)、吉川英治文学賞受賞作「アヒルと鴨のコインロッカー」(2004年)、山本周五郎賞受賞作「ゴールデンスランバー」(2008年)などです。

重力ピエロ

 最近売れている作家の一人という認識はあったのですが、読むのは今回が初めてでした。「魔王」は2005年に単行本が刊行され、2008年に講談社文庫からも刊行されています。一言で言うと……一言で言うのが困難な作品でした(笑)。何しろ作者のコメントが

作者メッセージ

ですから。そりゃ感想を語るに困るのも当然です。

 「魔王」は表題作「魔王」と「呼吸」の2本の中編(ないし短い長編)で構成されています。「魔王」の主人公は安藤(名前は不詳です)、「呼吸」の主人公は安藤の弟の「潤也」ということになりますが、「魔王」が主人公安藤の一人称で語られているのに対し、「呼吸」は潤也の恋人「詩織」によって語られています。奇妙な能力を持っていることに気付いてた安藤兄弟のエピソードが、右傾化というかファシズムに向かいそうな社会の気配の中で語られています。キーマンはムッソリーニの再来であるかのような政治家・犬飼舜二です。かれは「魔王」では野党の新進気鋭の政治家であり、その5年後の「呼吸」では首相になっています。

 表紙裏の内容紹介は、

 会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がついた安藤は、その能力を携えて、一人の男に近づいていった。五年後の潤也の姿を描いた「呼吸」とともに綴られる、何気ない日常生活に流されることの危うさ。新たなる小説の可能性を追求した物語。
 
となっていますが、これではいくら何でも不足なので、私の言葉で補足すると、反米・反中国といった気配が濃厚になりつつある世相の中、安藤は自分が思ったことを他人にしゃべらせる能力があることに気づきます。色々実験してみると、テレビでは生中継でも不可能、30歩以内に近づいて本人を目視しながらでないとその能力(安藤は「腹話術」と呼んでいます)は発揮できないことが判明します。また、安藤にしゃべらされた相手は、しゃべったことを全く自覚していないようです。

 折しも知り合いの帰化アメリカ人の家が焼かれ、群衆がそれを平然と眺めているのを見た安藤は、ファシズム的な雰囲気をなんとかしようとして、ノンポリをも引きつける特異な魅力を持つ犬飼に接近しようとしますが…というのが「魔王」のあらすじです。

コミック版魔王

 また「呼吸」はそれから5年後、安藤の弟の潤也とその恋人の詩織は仙台で暮らしています。犬飼は首相になっていますが、二人はテレビも新聞も見ない生活をしているのでそのことを全く知らずにいました。やがて憲法改正をめぐる国民投票の実施が近づく中、潤也もまた自身の特異な能力に気付きます。彼は特定の勝負では必ず勝つのです。潤也も実験と考察の中で確立が十分の一以上の勝負には必ず勝つが、それ以上だと及ばないということを知ります。

 一方犬飼は独自の政治外交を展開していますが、命を何度も狙われても犯人の方が死ぬということで無傷のままでいます。しかし国民投票が近づく中、犬飼がテレビで発言する内容は、かつて安藤が犬飼に語らせようとした内容そっくりでした。そしてまたも命を狙われる犬飼。今度ばかりは負傷する犬飼。彼を護っていた力は消えたのか?そして国民投票の行方は…というのが「呼吸」のあらすじになります。

 安藤と潤也はひどく仲の良い兄弟です。両親が早くに亡くなっているということもあるでしょうが、潤也と詩織の遊園地のデートに安藤もついていく位、そしてそれを誰も不自然だと思わない位なので異常といっても良いくらいです。彼ら同士の、そして他者との会話は、村上春樹の作品を彷彿とさせます。「羊をめぐる冒険」とかと近い感じです。会話の場面だけ「村上春樹の新作だよ」と見せられたら信じてしまいそう。

コミック版魔王の一コマ

 そして犬飼舜二の方は、村上龍の「愛と幻想のファシズム」の主人公、鈴原冬二を彷彿とさせます。ただし、「愛と幻想のファシズム」では、主人公は独裁的地位を得て米ソと対等の地位を獲得していくヒーローですが、「魔王」の犬飼は安藤からファシズムをもたらす恐るべき政治家として捉えられています。

 このブログはノンポリをモットーしているのでファシズムについて云々することは避けますが、「魔王」ではネガティブに捉えられています。文庫版で解説を書いている斎藤美奈子によると、小泉自民党の総選挙大勝から安倍政権誕生に至る過程とそっくりで今後の日本の将来を予言しているかのようだ的なことを言っていますが、もちろん全く異なる歴史を日本が歩んできたことはご存知のとおりです。

 そもそも文庫あとがきで、作者は「この物語の中には、ファシズムや憲法、国民投票などが出てきますが、それらはテーマではなく、そういったことに関する特定のメッセージも含んでいません。」と明言しているのです。「愛と幻想のファシズム」を書いたからと言って村上龍がファシズムを礼賛している訳ではないのと同様、伊坂幸太郎も作品を通して「日本に蔓延しつつある(とも言われるところの)」ファシズムを批判しているのではないのです。

 しかし、肯定であれ批判であれ、ファシズムがテーマであるのならば話はよくわかるのです。それがテーマではないということから、この作品は何なのだという混乱が始まるといっていいでしょう。では何がテーマなのでしょうか。安藤兄弟やその他の人も持っているらしい超能力か?「考察魔」と呼ばれる安藤の、呪文のような「考えろ、考えるんだ」というセリフか?犬飼の「流されるな。よく考えて、選択しろ。覚悟はあるか?」という問いかけなのか?

シューベルトの「魔王」

 それらが明らかにならないままに物語が終わってしまうので、面白く読みながら、読了後に「で?」という気分になってしまいました。そもそも「魔王」とは誰なのでしょう。作中でも安藤がシューベルトの歌曲「魔王」を連想し、魔王が見えた子供は結局死ぬということに思い至っています。

 それでは安藤がその時連想したように、魔王は独裁者になりそうな犬飼なのか、特異な能力に目覚めた安藤なのか、それとも「呼吸」で詩織の耳元に聞こえる安藤の「あいつこそが魔王かもしれない」という潤也なのか。それこそ伊坂幸太郎は読者に「考えろ、考えるんだ」と強いているのかも知れませんね。

モダンタイムス(上)

 実は50年後を舞台とした続編「モダンタイムス」が2008年に刊行されているようです。これを読めば明らかになることもあるのかも知れません。が、いつ読めるかわからないし、続編を読まないと語れないというのもどうかと思いましてあえて謎が多いまま取り上げました。

モダンタイムス(下)

 また漫画化されており、2007年から2009年にかけて「魔王 JUVENILE REMIX」というタイトルで週刊少年サンデーで連載されました。作画は大須賀めぐみで単行本は全10巻です。作画といいましたが、伊坂幸太郎は出来に満足して早い段階で大須賀めぐみに執筆を完全に委託したそうです。

コミック版魔王JUVENILE REMIX

 あとテレビドラマにもなって…と書こうと思ったら、全然違う作品でした。2008年に大野智、生田斗真主演の連続テレビドラマとなったのは、韓国ドラマ「魔王」のリメイクで、内容は全く関係ありません。芋焼酎にも有名な「魔王」がありますが、無論無関係(笑)。これを持ち出すのは完全に受け狙いがバレバレですが。それにしても焼酎には妙な名前が多いですね。

テレビドラマ「魔王」
本格焼酎 魔王

 では最後に「魔王」の謎を。読んでない人は読まない方がいいかも知れませんので見にくくしておきます。見たい方はドラッグして見て下さい。

① 安藤の超能力「腹話術」は安藤が気付いたときに発現したのか?昔から持っていたのにそれまで気付かなかっただけなのか?

② バー「ドゥーチェ」のマスターはなぜ安藤の超能力に気付いたのか?マスターも超能力者だとして、なぜ安藤はマスターの能力に気付かないのか?

③ 犬飼自身のカリスマも超能力の一種なのか?

④ 犬飼は安藤の超能力で言わされた言葉をなぜ5年後も言っているのか?それは超能力ではなく犬飼自身の主張なのか?

⑤ なぜ最後の犬飼暗殺の試みは「負傷」という成果を上げたのか。「やらせ」だったのか、それとも犬飼を護っていた超能力が発動しなかったのか?後者だとするとそれはなぜか?

⑥ 安藤は死後も潤也の口を通して能力を発揮しているのか?潤也は安藤の意志に引き摺られているのか?

⑦ 遊園地の「事故」は超能力によるものなのか?安藤が乗っていないのにあえて起こしたのは警告なのか?

⑧ 潤也は競馬で貯めた金で何をしたいのか?

⑨ 詩織はなぜ国民投票で憲法改正に賛成したのか?


単行本

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユースフ

Author:ユースフ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
カテゴリ
リンク
ブロとも一覧

秒速5センチメートル・・・桜花抄の軌跡を追ってみた

心理兵器:秒速5センチメートル
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
34位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
8位
アクセスランキングを見る>>
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新トラックバック
検索フォーム
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ