六の宮の姫君:芥川龍之介の言葉をめぐる知的な冒険

六の宮の姫君
 
 こんばんは。今日は地下鉄を乗り間違えるというお馬鹿なミスをしてしまい、帰宅がさらに遅くなってしまいました。年末って人を馬鹿にするのでしょうかね。それとも私だけ?

 気を取り直して早速本題に入りましょう。本日は、北村薫の「六の宮の姫君」です。北村薫は1949年生まれの男性推理作家ですが、高校の国語教師をしながら1989年に「空飛ぶ馬」で覆面作家としてデビューし、1991年に「夜の蝉」で第44回日本推理作家協会賞(連作短篇集賞)を受賞した際に素性を明らかにしました。直木賞最終候補作には6度も選ばれながら、残念ながらまだ受賞はなっていません。私は「時と人」三部作の「ターン」(第118回直木賞候補)を読んだことがありました。なんと第118回直木賞は「該当作なし」だったそうです。それなら「ターン」でいいんじゃないかというくらい面白かったんですが……

 北村薫のミステリーには、「日常の謎」に分類される作品が多いようです。これは、殺人のような重大な犯罪事件ではなく、日常生活の中にあるふとした謎とそれが解明される過程を扱った小説作品のことを指しており、このジャンルに該当する作品では、謎が解明される過程で、日常生活に潜む人間心理なども同時に解明されることが多く、本格推理小説に分類されることが多いそうです。そしてWikipediaによると、「日常の謎」の著名な作品としては、北村薫の「円紫さんシリーズ」や加納朋子の「駒子シリーズ」などがあるとされていますが、「六の宮の姫君」は、その「円紫さんシリーズ」の中の一冊です。

 「円紫さんシリーズ」は、大学で日本文学を学ぶ名前の出てこない「私」(この辺り、「人類は衰退しました」みたいですね。よーし、それなら以後マイちゃんと呼びます)が、知遇を得落語家の春桜亭円紫に身の回りで起こった疑問・謎を円紫に示し、円紫は、自らそれを解決したりマイちゃんにヒントを与えてマイちゃん自身による解決を促したりするものです。

 「六の宮の姫君」は、この「円紫さんシリーズ」の4作目であり、それまでの三作(デビュー作の「空飛ぶ馬」、第44回日本推理作家協会賞受賞作の「夜の蝉」、「秋の花」)に続くものですが、日常の謎とは少し離れて、マイちゃんが卒論のテーマにしている芥川龍之介の短編「六の宮の姫君」の創作の意図を解き明かすために、芥川の交友関係などをを探っていくという文学推理もので、シリーズの中にあっては番外編ともいえる作品です。

 実はこのシリーズ、読むのは今回が初めてでして、そして最初に読んだのが第四作でしかも番外編という、恩田陸の「水野理瀬シリーズ」同様(いやそれ以上)のヘマをやらかしています。しかし、それでも本書はとても面白かったのですよ。

 文庫版裏表紙の内容紹介では、

 最終学年を迎えた「私」は卒論のテーマ「芥川龍之介」を掘り下げていく一方、田崎信全集の編集作業に追われる出版社で初めてのアルバイトを経験する。その縁あって、図らずも文壇の長老から芥川の謎めいた言葉を聞くことに。「あれは玉突きだね。…いや、というよりはキャッチボールだ」―王朝物の短編「六の宮の姫君」に寄せられた言辞を巡って、「私」の探偵が始まった…。

となっています。「円紫さんシリーズ」はマイちゃんが大学2年生の頃からスタートしているようですが、4作目にして4年生となり、卒論だの就職だのがちらついています。が、マイちゃんをめぐる日常は非常に平和的で、大学の先生から紹介されたアルバイト先の出版社で、そのまま就職が内定してしまったり、友達と磐梯山にドライブ旅行に出かけたりと、青春を満喫しています。まあそれもマイちゃんが勉強やアルバイトに実に真摯に取り組んでいる故といえるのですが。

 そう、主人公のマイちゃん、非常に好感が持てる人です。文学の研究をしたくて文学部に入り、好きな作家である芥川龍之介を掘り下げる…大学での勉強なんて本来そんなもんだと言えば言えるのですが、「やりたい勉強に真剣に取り組む」ということが実践できている大学生の割合ってどれくらいなんでしょうかね。就職を考えて学部を選んだりとか、学業そっちのけで趣味やサークルやバイトに励んだり。それを悪いと断じることは私にはできないのですが、マイちゃんの勉学姿勢・環境などは本当に羨ましいです。同じ状況に置かれたとき、自分は彼女と同じようにすることができるのか、と自問したとき、人間としてずっとマイちゃんの品格の方が上等なのではないかという気がします。

朗読CD

 「六の宮の姫君」というのは芥川龍之介の短編で(芥川は大半短編ですが)、1922年8月に発表されました。いわゆる王朝物に属す作品で、「今昔物語集」の「六宮姫君夫出家語」(巻十九)を直接の素材としています。

 そのあらすじですが、六の宮の姫君はぱっとしない貴族の箱入り娘でした。誰にも知られずひっそりと箱入りのまま過ごしているうちに姫は非常に美しく成長しましたが、両親が相次いで亡くなり、頼る者もないまま天涯孤独になってしましました。

 唯一の身よりというべき乳母は、ある中級貴族の息子に身を任せて生活を安定させることを提案し、姫は泣く泣くそれに従うのですが、実はその男、思いの外イケメンの上にナイスガイだったので、姫の生活も安らかになったのでした。

 ところがある日、男の父は陸奥守に任ぜられ、男も同行しなければならなくなりました。実は姫を妻にしたことは父には内緒にしていたので、一緒に行くわけにはいきません。「5年待って」と言って男は去って行きます。姫は涙に暮れるのでした。

 しかし約束の年月が過ぎても男は帰ってこず、姫は再び窮迫するようになります。乳母と二人で貧乏生活を耐えていると、乳母はあの男のことは忘れて別の男に縋ってはどうかと提案しますが、姫はただ老い朽ちたいと願います。

 その頃男は陸奥国で父の勧める女を妻としていました。9年が過ぎてようやく京に戻った男は姫の行方を捜しますが、屋敷の辺りは廃墟となっていました。京の町中を姫を探して回った男は、朱雀門前で尼と病気の女を見つけます。その病気でやつれた女こそ、かの姫で、尼は乳母でした。男が姫を呼ぶと、男を一目見た姫は容態が急変し、今にも死にそうになります。乳母が乞食法師に経を読んでくれと頼むと、法師は姫に「自分で阿弥陀仏の御名を唱えなされ」と言います。法師は一心に仏の名を唱えなさいと言いますが、姫は「何も、――何も見えませぬ。暗い中に風ばかり、――冷たい風ばかり吹いて參りまする。」と言い残して亡くなってしまいます。

 数日後、ある侍が朱雀門を通ると、女の嘆きの声がどこからともなく聞こえます。侍が刀を抜こうとすると例の法師が制して「あれは極樂も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女の魂でござる。御佛を念じておやりなされ。」と言います。侍がその法師を見ると、それは、空也上人の弟子の中でも高徳で知られた慶滋の保胤という人でした。

 芥川龍之介はなぜこの小説を書いたのか、原典との違いはどうして生じたのか。オチの法師の存在はどういう意味があるのか。若き日の老作家に言ったという「あれは玉突きだね。…いや、というよりはキャッチボールだ」という言葉の意味は。そういった作家をめぐるあれやこれやをマイちゃんが様々な本を読んだりして追求していきます。そして円紫さんもそれにさりげなく手を貸すのです。

 マイちゃんの探索の中で判明する芥川龍之介の交友関係や、菊池寛らとの友情と裏腹の葛藤などが非常に興味深く、浮き世離れしたテーマながら読む手を止めさせません。これをそのまま卒論にしてもいいんじゃないかという位に調査研究しているのですが、マイちゃんに言わせると「一部は卒論にも使える」という程度だそうで、どれだけ壮大な卒論を書く気なのかとあきれる想いです。修士論文級だったりして。

 色っぽい話はほとんどありません。マイちゃん、多分まだ処女だし、そもそも恋愛経験もないかも知れない。でもとっても生きる姿勢がチャーミングです。こういう人がいてもいいなあというより、女子大生にたくさんいたらいいのにと思ってしまうのでした(でも多分そんなにたくさんはいないでしょう)。文学に興味のある方、とっても面白いのでご一読をぜひ。
単行本
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